チャイムを鳴らしたが返事がなかった。
ほんの一時間ちょっと前には家にいると云っていたのに、もう出かけてしまったのだろうか。石井は諦めきれずにドアノブを握った。別に入り込もう、という、そこまでのつもりがあったわけではない。どちらかというと、それは石井の諦めの悪い性格というだけのことだった。
行ってみたスポーツ用品店に休みの看板が出ていても、諦めきれなくて一応ドアを押してしまうし、当たりつきの自動販売機でジュースを買った後に「ハズレ」と云われているくせに、何となく販売機を叩いてしまう。そんな力任せに叩くわけではなくても、もう一押し。それでたまにいいことが起こることもある。実は小学生の時一度だけジュースがもう一本出て来たことがある。それで石井は「もう一押し」が癖になったのかもしれない。
三連休の間、体育館の整備で休日練習は禁止になっていた。
(休みだからって、走り込みくらいはするんだよ、努!)
ボタンがはじけそうなスーツの胸元で腕組みした氷室にそんな風に云い渡されたものの、夢のような三日間丸々の休みになった。
(連休中に会える日があったら電話くれよ)
三日間の休みは嬉しいが、その間ずっと三浦に会えないとなると話は別だ。まだ石井は三浦との新しい関係に落ち着いていない。三浦のことを考えると、授業中でも家のダイニングの椅子の上でも、そわそわして坐っていられなくなるような状態になった。
休みの日の場合、三浦から電話してもらわなければならないのは、二人きりになるのは殆ど百%三浦の家のマンションだからだ。家にわらわらと図体のでかい家族が溢れている石井の家では、とても三浦と二人にはなれない。
(……するんじゃなきゃ三浦がうちに来てもいいんだけど)
かといって、何もせずに我慢できるのかというと自信がない。
なあ、絶対電話しろよ? そう云うと、三浦は聞いているのか聞いていないのか分からない顔で、分かったよ、と云った。居残り練習の後、部室の椅子に座って石井が着替えるのを待ちながら雑誌をめくっていた。視線は雑誌のページに柔らかく落ちついていて、本当に聞いていないような顔に見えた。聞いてるのか? 思わずちょっと不安になる。
それが、連休二日目の今日、昼前に携帯が鳴った。
(今日の昼からなら空いてるけど────)
そう云われて、滅多に見ない「ミウラ」の文字に正直舞い上がっていた石井は、一転して心底がっかりした。つい昨日の晩の電話で、今日の昼過ぎに健二の家に遊びに行く約束をしたばかりだったのだ。
(夜なら行けるんだけど、夜空いてねえ?)
そう云うと、三浦は少し黙って、
(ごめん、今日は母さんが早く帰って来る予定だから……仕方ないね。……じゃ)
そう云って、石井が混乱していることに気づくと向こうで苦笑して、じゃあ切るよ? と念を押した。
昨日の夜電話をくれたら絶対に三浦を優先したのに。そう思いながら情けない気分で着替える。持っていく約束だったPS2のソフトと雑誌をデイパックに詰め込んで、そろそろ出ようとした時、健二から電話があった。
両親が一緒に出かける筈だったのが、健二の父の都合が悪くなって、代わりに健二が母の買い物の荷物持ちに付き合わされることになったのだと云う。
(てめえ、おやじ、マジかよ!)
お前ももっと早く云え!という気分で思わず吠える。
(そ……そんなに怒ることないだろ、努……)
事情を知らない健二は閉口した声を出した。確かに健二と自分は、この程度のドタキャンが許されない仲ではなかった。
石井は健二との電話を切ったままの姿勢でぐるぐると考えた。
滅多に自分からは電話をくれない三浦が電話をくれて、自分はその前の晩に健二と先約があって、でも健二は石井と遊ぶつもりだったのが、親父さんの都合で母親の買い物に付き合うことになって、自分との約束はキャンセルになって────。
石井ははっとした。だったら今から出れば三浦に会いに行けるのだ。
彼は健二の家に行く支度をしていたそのままの格好で家を飛び出した。休み中はナマるから原チャリなんか使うんじゃないわよ、と氷室に云われていたのを無視して、原付きに飛び乗った。
そしてマンションの下まで行った時、やっぱり行っていいか、と連絡することを忘れていたことを彼はようやく気づいた。一応電話しようとして気づくと携帯を忘れてきている。
(マジか……)
何でこう、色々なことが重なるのだろう。彼は辺りに電話を探したが見つからなかった。携帯を持つようになってから公衆電話の場所をチェックしなくなってしまったのだ。それに、実際のところ、携帯の普及のせいで公衆電話の数が減ってしまったのだとか、そんな話を聞いたこともあった。少し離れたコンビニまで行けば電話があるのは分かっているが、三浦がその間に出かけてしまわないかと思うと気が焦る。三浦の住むマンションの、イエローオーカーのモルタルを見上げるだけで気分が盛り上がってくる。
石井は数秒の葛藤の末、そのまま上にあがっていくことにした。三浦は怒るかもしれないが、とにかくその時は謝ろう。
そしてやっとのことで玄関前まで来たのに返事がなかったのだ。
三浦が電話をくれたのが十一時半だった。今は一時少し前だ。どこに出かけたのだろう。
諦めの悪い石井のてのひらの中で、ドアノブはかすかにストッパーがはずれる小さな音をたてて右に回った。
隙間が開いたドアを見つめて彼は迷った。そのままもう一度チャイムを鳴らす。鍵っ子歴の長い三浦が、たとえ近所でも、鍵を開けたままで出かけたりするとは思えなかった。
返事はなかった。ドアからそっと首をつっこむ。三浦の部屋の方から音楽が聞こえてくる。ドアが少し開いているらしくて、かなりのボリュームだ。この曲には聞き覚えがある。三浦がつけているイヤホンで少しだけ聞かせて貰った。アーティスト名も聞いた筈だが、洋楽なのでよく覚えていない。音楽のせいでチャイムが聞えなかったのかもしれない。
(あぶねえ、帰るとこだったぜ)
彼はほっとした。そしてふと悪戯心を起こした。少しおどかしてやりたくなったのだ。三浦は動じにくくて滅多に驚かない。チャイムは二度鳴らしたのだし、部屋の前まで行っても言い訳は立つような気がした。人様の家に黙って上がり込むなんてとんでもねえぞ努、と父に云われて育った石井は、本来はこういうことを平気でするタイプではなかった。だが、三浦が一人でいるところをほんの一瞬覗き見てみたい、という誘惑に負けた。
玄関のドアを静かに閉めて靴を脱ぐ。足音を忍ばせて廊下の絨毯の上を歩いていくと少しドキドキした。三浦に応じて貰ってから、初めてこのマンションに来た時のことを少し思い出す。
数歩近づくだけで音楽は益々大きくなった。ドアはやはり開いている。
そっとドアの隙間から中を覗き込んだ瞬間、石井は持っていたデイパックを危うく落としてしまう所だった。かなりの勢いで頭に血が上る。
三浦は居た。ベッドに坐っている。壁に斜めに背をもたせかけるようにして、軽く膝を折り曲げて坐っている。細いストライプの模様が浮きで入っている白い壁紙に、三浦の影がやわらかくうつっている。三浦の動きに添って、その影が時々かすかに、苦しそうに身じろぎするのを、石井は堅くなって立ちすくんだままで見つめた。
ボリュームを上げた音楽に包まれて、三浦は、音に逆らうようなひそかな動きを、指にからめ取った自分の上で繰り返していた。肌が薄く柔らかいせいで上気しやすい三浦の、目許や頬、唇に、ほっと桜色の淡い血の気が差していた。唇が少しふるえて開いたり、喉が何かを飲み下すように動くのは見てとれるが、音楽のせいで、息づかいも、身じろぐ身体を包んでいる筈の衣擦れも聞えなかった。それがまた音をミュートにしてこっそり見るポルノフィルムのような効果を上げていた。
三浦も自分ですることは勿論分かっていたが、それがどんな風なのか、石井は想像も出来なかった。石井が三浦を抱いている時、気が回らずに前に触れるのを忘れていても、石井の目の前でするのは抵抗があるようで、三浦が自分で触っているのは見たことがない。しかも要求するような事も云わないから、せっぱつまっているのに後一歩踏み出せないでいることに、三浦が苦しくなる位焦れてからようやく気づいた事もあった。
石井が自分でする時とは、やはりかなり違っていた。シーツの上についた右手と、壁に付けた肩で自分を支えて、左手だけをそっと絡めている。殆ど閉じそうに睫毛を伏せている。うなじに時々ほんの少しの力が入ったと思うと、ふっと力が抜けて、三浦は壁にそっと頭をもたせかけた。こめかみが壁にこすれて、柔らかい髪が一筋壁の上を這う。
何を思い浮かべてしているのか証明してくれるようなものは、ベッドの周りには雑誌一冊、写真一枚なかった。唇が乾くように、時々薄い桃色の舌先が覗いて唇を湿す。指は躊躇うように静かで小さな動きを繰り返しているだけだが、それが三浦の柔らかくて敏感な部分に充分な刺激になっているのが分かる。指の中で三浦が赤く濡れているのが見える。シーツの上に投げ出された裸足の指に少し力が入った。身体の線をもろに見せるソフトジーンズの中で脹ら脛の筋肉がぴくりと緊張する。
それほど三浦と経験を積んだわけではないが、息と息の間隔が短くなり、睫毛が時折ふるえるその様子に、彼が上り詰めてしまいそうになっているのが分かった。
半ば茫然とそれを見ていた石井はたまらなくなった。
デイパックを堅く握りしめるてのひらに汗をかいている。三浦が何をしているのか分かった次の瞬間は、このままそっと帰った方がいい、と一度は思ったのだ。だが彼は正直云ってもう、手がつけられないほど興奮していた。軽く耳鳴りがするほど鼓動が激しくなっている。
「三浦、ごめん!」
彼はドアの前でがちがちに身体をこわばらせて立ったまま、突然大声を出した。
とても顔が上げられなかった。
三浦がどんな顔をしたのか、だからその瞬間は見逃してしまった。
声を出した途端、自分が真っ赤になったのが分かった。
「おやじがドタキャンで……」
彼は必死に云い始めた。三浦の声が聞こえないのが怖くて顔を上げる。
三浦も身体を硬直させていた。自分で揺り起こすささやかな快感に、ほんの少し血の気が差していただけの彼の顔は真っ赤になっていた。比べてみるわけにはいかないが、石井よりも赤くなっていると思う。唇も、いつもはひっそり白い耳朶も赤く染まっている。茫然としたように口を開く。
「何……」
三浦がそう云って身じろぎした瞬間、石井は思わず部屋の中に一歩足を踏み入れた。その瞬間三浦がびくんと身体をすくませて、彼はまるで強姦魔になってしまったような気がする。
「ベル鳴らしたんだけど……」
何を云っているのかはっきりと自覚がないまま云い訳をする。上の空なせいで言葉は途中で途切れた。
彼はデイパックを放り出した。ベッドに近寄ると、汗ばんだてのひらで三浦の肩をベッドに押しつける。内心ヤバい、と思った。黙って家に入って、覗き見して押し倒して、これじゃまるっきり本当に強姦と変わらない。だが、間近になった三浦の白い首筋や、ほんの少し汗ばんだ額は、彼の後悔など吹き飛ばしてしまうようなインパクトだった。
てのひらを三浦の足の間に滑り込ませる。三浦が自分で高めた熱を握り取る。今にも弾けそうにはりつめて濡れた感触にかっと興奮する。
「……っ」
無言で頬を怒りに燃やした三浦は、本気の力を込めて彼を押しのけようとした。そうされると、思わず離すまいとする力が自分の手に入った。
どうして止められないんだろう。泣きたいような興奮で、背中が、腕がぴりぴりと痺れた。石井の耳朶の上でも血が燃えている。力で押え付けて三浦としたいわけではないのだ。
三浦の怒りに、ふと石井は愕然とする。こんなことで三浦との間に決定的に亀裂が入ったらどうしよう。本気で怖くなる。三浦の考えていることは未だに彼にはよく分からない。ある日急に避けられてもきっと回復するための手段なんて何もない。
三浦と自分の関係は、もう、友達が性欲処理をしているのをうっかり目撃してしまった、というような簡単なことではなくなってしまっていたのだ。
余り整理されてはいなかったが、歯を食いしばって自分をつっぱねようとする三浦を見おろした石井に、突然それが飲み込めた。自分がとんでもない失敗をしたのが分かった。
「……ごめん!」
彼は何を云っていいか分からずに、三浦を抱きすくめて必死にささやいた。
「ばかっ……離せ!……」
怒りと興奮に掠れた声で三浦は怒鳴った。滅多に聞かないような声だった。
「ほんとにごめんって!」
石井は三浦の耳元に唇を押しつけた。興奮を満たしたいのと、三浦の怒りを静めたい気持が混乱して、頭がガンガンした。三浦を抱きたかったが、こんなに怒らせたままで雪崩れ込むのは致命的なのは、幾ら石井でもはっきり分かった。
「マジに謝る! 謝るから……」
自分の胸で押しつけた三浦の胸の中で心臓が早鐘を打っている。それは石井よりも早いくらいだった。こんなプライベートに踏み込まれて押し倒されて、動揺して当たり前だ。
「謝るけど……」
何を云っていいか本当に分からない。全身で抱きすくめて髪の上から耳にキスする。
「だけど……お前、すげえ可愛かったんだ……」
すると三浦の細い身体は、彼の必死な腕の中でぴくんと強張った。耳は尚いっそう赤くなり、石井は失言してしまったかと青ざめた。
「……っ、君みたいなバカ、見たこともないよ……」
しかし、三浦は少しして大きく息を吸い込んだ。苛々したような声でそう云った。しかしその声が、先刻ほどは怒ってはいないのに、石井は気づいた。
「怒ってる……よな?……」
油断出来ない気分でおそるおそる訊ねると、三浦がため息をつくのが聞えた。黒い綿シャツに包まれた三浦の胸の中でほんの少し鼓動が静まった。肩のこわばりが少しほどける。石井の腕を掴んでいた指を、三浦はそろそろと離した。このため息は悪い徴候ではなかった。
「……怒ってるよ……」
ため息混じりにそう云ったが、三浦はようやく背中をくつろがせてベッドに項をあずけた。その仕種がOKのしるしなのに気づいて、石井も全身から力が抜けそうになった。
安心したせいで、一度水位の下がりかけた欲望が痛いほどこみ上げてくる。
唇を押しつけ、三浦の息を深く塞いで舌を絡めた。興奮した温かい吐息と一緒に三浦はキスに応えてくれる。合わさった唇はいつもよりもっと柔らかく思えた。
高まりかけた三浦の先を指でなぞると、軽く吸った舌先がふるえ、喉の奥で声が詰まった。
石井は顔を上げた。服を脱がせている気分の余裕がなかった。三浦の足からジーンズと下着を引き下ろす。一度もしたことがないせいで少し気後れしたが、そこに唇を近づける。
「……石井……っ」
驚いた三浦の声が上の方から聞えてきた。歯で先を軽く挟んで舌をつける。その途端、背中ががくんと跳ね、歯の刺激がきつすぎることに気づいて、舌先だけでなぞった。
「ん……っ」
もう濡れたそこに唇で触れるのは、抵抗があるような、酷く興奮するような妙な気分だった。だがそこをなぞる感触はなめらかで柔らかく、思ったよりずっと気持がいい。
(まぁ、三浦のだからだけど……)
三浦にだってなかなか出来なかったのに、三浦以外の男のここを舐めるなんて想像も出来なかった。石井は目を閉じて、そのぞっとしない考えを頭の中から追い払った。目を閉じて視覚を遮断したせいで、身体を支えるために触れた三浦の下腹の皮膚が急に熱くなるのが、手に取るように分かった。足の付け根があたたかく汗ばむ。
幾ら乱れても必死に声を我慢する三浦が、今日はまるで自制がきいていなかった。
「っ、あっ、あ……あ、……」
夢中になって形に添って唇を往復させていると、刺激から逃げようと身を捩って、三浦の腰が動いた。腰骨に手をかけて押さえつける。
こんなに三浦が感じるならもっと早くすればよかった。
「……っあ、ん……っ」
なぞるだけでなく、先を軽く吸った途端、聞いたこともないような甘い声が三浦の唇から漏れた。
その声に刺激されて、石井の背中にも一気に汗が浮かぶ。
三浦が感じたその動きを何回か繰返した。シーツの上で背筋がぐっと横にうねり、それだけでは快感を逃がせないように、上へずり上がる。腰骨の上を掴んだ石井の手に、無我夢中で温かい指が重なった。唾液に湿った筋を横から吸うと、石井の髪を左手が絡めて掴んだ。自分の髪に差入れられた手が、追いつめられて強くふるえているのが分かる。
歯を立てたい衝動に負ける。そこから口を離し、顔を潜り込ませて足の付け根の薄い皮膚の上に唇をつけて、歯でこそげるように力を入れると、三浦は息を呑んで背中を波打たせ、のぼりつめてしまった。
「はっ……」
上擦った声が漏れ、三浦の背中が大きく跳ねた。自分のTシャツの背中に汗が染みるのを感じながら、石井は顔を上げる。泣きそうに潤んだ三浦の目と出会う。濡れた口元を拭った手を伸ばし、三浦が完全に追われるように、石井はもう一度手で弱く擦り上げた。
三浦はまた少し喘いで、それを閉じこめようとするように唇をかみしめた。腰に幾度か力が入り、それから急にすうっと引いていった。こわばらせていた胸や肩、膝の力が、やわらかく溶けていく。
ティッシュで自分の手と三浦の下腹を拭って、石井は汗に湿ったTシャツを脱ぎ捨てた。耳元に顔を埋めながら、やっと三浦の服のボタンを外し始める。汗ばんだ三浦の首筋はまだどきどきと熱く早く脈打っていて、無性に愛しくなった。すぐに三浦の中に入って闇雲に抱きしめたい。こみ上げてくる衝動を逃がしながら、三浦の髪を撫でる。
やがて三浦は緩慢に手を伸ばし、自分のボタンを外す石井を手伝い始めた。
自分の服の裾を汚してしまったことに気づいて、彼は不意に、少し険悪な顔になった。
その呆れたような、醒めたような顔がやはり一番三浦らしくてほっとする。
石井は充足したため息をつき、温かい裸の身体を今度は遠慮なく抱きしめた。
「今何時……?」
三浦が怠そうに掠れた声で訊ねた。
「四時四十分」
即答する。丁度今、石井も時計を見て唖然としていたところだった。
「ほんとに……?」
三浦は手をついて、ようやく起きあがった。しかし起きあがるのがやっと、という様子で、ぐったりと自分の膝に額をつけて背中を丸めてしまう。
シャワーを浴びに行ったり、水を飲みに行ったり、汚した二人分のシャツを洗濯機と乾燥機に放り込んだりで、少しは合間もあった。だが結局は三時間以上三浦を離さなかったことになる。
「悪い、全然我慢できなくてさ……」
後ろめたさが抜けない石井は口ごもった。三浦はちらっと彼の顔を眺める。ふう、とため息をついて、再び顔を隠してしまった。
「ほん、とに疲れたよ……」
三浦は、余りしないような、強調する云い回しをした。
「あのさ……」
石井は彼に身体を近寄せ、三浦の耳許に、こそ、と声を低めてささやいた。くすぐったそうにかすかに首を傾げて三浦の頭が逃げる。
「……何?」
「さっきの、マジで悪いと思ってるからさ……」
三浦がほんの少し笑うのが聞えた。
「あんまり説得力無いけど」
そう答えたが、それでも石井の気持は伝わったように思えた。
「平気か? 身体」
「あんまり」
いつもより素っ気ないくらいだが、やはりもう怒ってはいない。
三浦は暫く黙っていたが、その姿勢のまま髪をかきあげた。
柔らかい髪を梳き上げた左手がうなじに届いて、そこにそのまま落ち着いて少しの間動かなかった。華奢で小さいようでいてしっかりした三浦の左手が、彼のうなじの上に重なっている様子を石井は見つめた。
「僕、昼食べてないんだ……」
ぐったりした調子で続ける。
「……何か食べに行かない?」
「お、……おう」
彼は肯いた。
それは三浦としてはかなりの譲歩だと思った。にわかに自分も空腹なのに気づいた。疲れた顔の三浦が立ち上がるのを眺める。
そして、三浦が自分でしていた時に誰を思い浮かべていたのかを聞き出すのは、今日のところは諦めようと、自分に云い聞かせた。自動販売機がはずれだったら叩いてみるのはいいが、無理矢理何本も引きずり出して思い切り飲んだ後、更にもう一本よこせ、というのは幾ら何でも贅沢な話だった。
「……何?」
見透かすような三浦の茶色の目に見つめられて、不必要なくらいに首を振る。そしてやっと、自分も足許の服をかき集めるのに専念した。