「岳さん、大輔さんのラーメンなら食べるんですね」
「うん、武士の情けでね」
岳は伊織にはもう馴染んだ、大輔に向けられることの多い一種独特の茶化した云い方をした。
「でも、大輔さん、岳さんのは塩味で野菜多めで、ラード使わずに作るでしょう。岳さんに合わせた、岳さんみたいなさっぱり味」
「そんなことよく気がつくね」
「見てますから」
「大輔くんを?僕を?ラーメンを?」
「全部正解です。何だか妬けるな」
ふ、とため息をついた伊織の顔を見上げて、岳はふ、と息のように笑った。
「何だか嬉しいな、伊織くんに妬かれて」
「そういう心ないことを云っちゃだめです」
「心はすごくあるのに、あ」
岳は本気で動揺したような声を出した。
「大輔くんと云えば、僕、空さんから怪談を聞いたよ」
「大輔さんと怪談ですか?」
「そう、空さんに、先月大輔くんから電話がかかってきたんだって」
「ええ」
「空さんや京さん、伊織の家に、急に気軽に寄ったりするけど、あれやばいっす、って云われたんだって」
岳は考え込むように夕日の方向へ目を向けた。
「伊織のうちに行くときは、伊織か、えーと岳の携帯に一言連絡した方がいいっす、すんません理由は云えません!」
たぶん空が大輔のその口調を真似し、岳がそれを真似したのだろう。そこに、大輔の精一杯の口調が再現される。
「怪談だと思わない?」
「……すごく恐いです。いつから気がついてたんでしょうか」
「先月空さんに電話があったってことは先月じゃない?」
「先月って何かありましたっけ」
「心当たりがありすぎて困るなぁ」
余り困っていない口調で岳は云うと、冷たい風の中で、伊織の硬い手の指先をきゅっと握って離した。
「だから伊織くんのうちで、いつ何があったか検討しない?」
検討になんかならないのに。
そう思いながら、伊織は、三年前に初めて、意味を持って握った指先を、岳がそうしたように握った。
「よかったです」
「うん?」
「だって、岳さんと僕は、僕のうちに来るのに、「やばい」タイミングとかないですから」
岳はそれを聞くと、夕日を映してほのかに赤く光る口で、小さく、とけるように笑った。