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春降る(2005年3月)

01 27 *2009 | Category 二次::DEAR BOYS・石井×三浦

腹が決まれば積極的な蘭ちゃん。

続き




 待ち合せ場所で彼を見つけた時から、何か見慣れないものを見たような気がしていた。自分の家まですぐ、という公園の前にさしかかるまで、そのふわふわした、馴染まない温かさの正体が何なのか分からなかった。
 三浦が春の服装になっているのだ。
 彼は元々、ガードの堅い服を着る。襟元まできっちりと閉まるシャツや、存在を主張するように光る、大きなボタンのついた細身のツイードや。真夏以外は服を適当にはだけていることがなく、ボタンがあればあるだけ、すっかり止めていた。
 だが、今日の三浦は、若草色のTシャツから、白い襟元を覗かせていた。グレーのパーカーも羽織るだけで前を止めていない。
 今日は殊更にあたたかい夜だった。瑞穂高校の慣例として、入学式だけは四月一日に行うが、その後、始業式までまた数日間の休みに入る。部活で毎日学校に顔を出しているが、それでもこの期間は、彼等は春と共に解き放たれる。石井は、部活以外では眠ってばかりいた。身体中の細胞があたたかくほどけたような、けだるい感覚に支配されていた。
 今日の夕暮れに目が醒めたのは、両親と弟が、貰い物のチケットでサーカスのソワレに行くため、今夜は自分一人なのだと気づいたからだった。
 彼は電話に飛びつき、短期間に覚え込んでしまった電話番号にかけた。こういう時なら、少し前まで健二以外に電話することはなかった。健二といるのは楽で、前と全く変わりなく楽しかった。だが、この電話番号が一番に浮かんでくるようになったというのは、石井の中に訪れた決定的な異変だった。
 ────もしもし。
 おだやかな三浦の声を受話器越しに聞いて、石井はほっとした。時間はまだ五時。空は薄明るい。両親が帰ってくるのは十時過ぎだろう。
 ────俺んち来ないか。
 咳込むような口調になって、石井は恥ずかしい思いをする。そして、慌ただしく理由を説明し、三浦を途中まで迎えに行くために家を飛んで出た。

 待ち合せ場所に現れた三浦の襟元がくつろいでいる。もう暗くなった空の下で、そこに、ほっと小さな春が覗いているようだった。灰色のパーカーと、緑のシャツの取り合わせは、若木のほっそりした幹に若葉が芽吹く様子を連想させる。それは、石井の想像としてはやや詩的に過ぎたかもしれない。だが、彼等の辿る道のあちらこちらに、ようやく咲き始めた桜が白く浮かび、薄闇はまるで、幻灯のような光景を作り出しているのだ。
 それに、石井は三浦のことを考える自分の中に、今まで体験したことのないような感覚が沸き起こるのを知っていた。石井の中で名前も知らない快感物質が幾つも分泌され、まじりあって、三浦の声を、髪を、彼全体を包み込んでいる。石井は、自分がその快感物質のヴェール越しにしか三浦を見ることが出来なくなっているのに気づいて、恋の威力の甚大さに恐れをなしていた。今まで自然に目に、耳に入り、そして抜け出していった三浦の映像や声が、彼にまつわる全てが、いちいち心臓まで響いてくるようなインパクトをもたらすのだ。
 三浦にこんな気持を抱くまで、想像も出来なかった感覚だった。
「あんまり見ないでくれないかな」
 閉口したような三浦の声に、石井は我にかえった。自分が隣を歩く三浦の喉元や、暗い中でもあかるく見える、ほの白い顔を穴が開くほど見つめていたことに気づいたのだ。
 三浦ははぁっと大きな溜め息をついた。
「そうでなくても君は目立つんだから、隣に立ってるヤツなんて見てるなってこと」
「べっ別に、他に見るものもないからさ」
 言葉に詰まって、そんな破れかぶれな返事をすると、三浦は石井に、憐れむようにちらりと視線を投げかけた。
「上でも見れば?」
「上?」
 三浦は、自分も視線を上に投げ、ぐるりと夜空を眺めた。そして、石井より大分細い腕を上げて、南の空を指差した。
「ほら、あのオレンジの星」
「星?」
 怪訝な気分で三浦の指先を追う。工業地帯に隣接したこの町にしては、よく雲の晴れた晩で、空には星が鮮やかに見えた。石井は目がいい。指差している三浦よりもきっと、もっとはっきりと夜空を見ている。彼は三浦の指差す方向に、あかるい橙色の星を見つけた。
「あれが何?」
「牛飼い座のアルクトゥルスだよ。もう少し下にあるのが乙女座のスピカ。右上にあるのが、獅子座のデネボラ。もっと上に猟犬座のコル・カロリ。結ぶと四角形になるだろ。あれを春のダイヤモンドって呼ぶんだって」
「何でそんなの覚えてんの?」
 突然星について講義し始めた、友人のほっそりした姿を石井は見下ろした。
「星座とか見るの趣味か?」
「まさか」
 三浦はとんでもない、というふうに打ち消した。
「小さい頃、身体が弱かったから、母親はインドアなアミューズメントに僕を連れて行ったんだ。水族館とか、プラネタリウムとか、博覧会とか」
「へえ、プラネタリウムなんて小学校ん時に課外授業で行ったっきりだぜ」
「プラネタリウムは好きじゃなかったな、緊張して」
「緊張?」
 石井は奇妙な気分で聞き返した。プラネタリウムが緊張を伴う場所だという記憶はない。確か自分が行った時は、暗い中で夜を模した丸天井を眺めているうちに、眠ってしまったのではなかっただろうか。
「子供がどこかに遊びに行って、楽しかったらその後どうすると思う?」
「えっ?」
 石井は首をひねった。
「帰ってきてから、親に何があったか喋る……とか?」
「そうでしょ。だから、努力する必要があったわけ」
 石井は、上を向いた三浦の、すっきりとした顎の線を眺めた。
「可愛くねーガキだったんだな、お前」
「悪かったね」
 三浦の目はまだ星空に向けられたままだ。
「でも、覚えた星座が本当に空にあるのを見つけた時は、ちょっと面白いと思ったな。君だって、北斗七星と北極星くらい見分けられてもいいと思うよ」
「星なんか区別つくかっての」
 石井はいささか憤慨して空に目を遣った。彼は子供の頃から、微細なものの違いを見分けるのが下手だった。はっきりと色をつけて誘導されなければ分からないのだ。人の顔でさえ長い間覚えておくのが難しいのに、空の星など云うにも及ばない。だが、彼の抗議に三浦は取り合わなかった。
「君は、僕より二十センチ近く空に近いんだからね」
「目もいいんだぜ、オレ」
 そう云うと、三浦は薄く笑った。
「遠視なんじゃない?」
「そ……だけどよ。何で分かった?」
 三浦は整った唇の端を僅かに上げたままで答える。
「いかにも足許が見えてない感じだから」
「お前……マジで可愛くねえ」
「よかった。可愛いなんて思われなくて」
 僅かに口をとがらせて、石井は黙った。この調子で続けても三浦が折れるということはないからだ。言葉の云い合いは、実は石井も苦手な方ではない。滅茶苦茶な理屈でも、云うが勝ち、という場合が多いのは何となく分かっている。だが、三浦とは余りそういう言葉の応酬をしたくなかった。誰に云われても平気なことでも、三浦に云われると落ち込むことが多かった。自ら、三浦のきつい言葉を引き出すような方向に行かない方がいい。
 そして彼は、三浦にガイドされた星の名前を反芻しようとした。だが、四つの星を結んだ四角形を『春のダイヤモンド』と呼ぶ、ということしか思い出せない。もう一つ、真っ先に三浦が指差したオレンジ色の星のほのかな輝き。石井はそれだけをかろうじて、三浦と共有した映像の片鱗として記憶にとどめた。
 桜は、二人の歩く道の両脇に、静かな額縁のように腕を差し伸べていた。桜の向こうに星空。名前を知らない幾千幾万の輝きが彼等の頭上にある。

 シーツは母が替えてくれたばかりなので、そんなに男臭くはない筈だった。石井は、これでも以前よりぐっと身の回りに気を遣うようになった。三浦に嫌な思いをさせたくないからだ。
 いつも女に囲まれていて、後は選ぶだけ、という三浦が、いつ自分との関係から、そちらへ流れて行っても不思議がないような気がしていた。石井は端から見るほど楽観主義なのではない。表現体が陽の方向性なので、周囲は気づいていないようだが、どちらかと云えばマイナス方向の想像をし易い方だ。幼馴染みの健二だけはそれを熟知している。
 そもそもこの関係で、三浦にとって、プラス要素になるものは殆どないと石井は思う。人に絶対知られてはいけない関係だし、相手は自分だし、二人きりで会える時間は殆どないに等しい。その少ない時間は慌ただしく抱き合うことで費やされている。
 自分が三浦を手に入れたように、三浦も石井を手に入れたのだ、と考えられる余裕は彼にはなかった。
 しかも、抱き合うと云っても気持がいいだけではなく、二人ともそれ相応の苦労をしなければならなかった。
「人に痛い思いをさせる」というのは、今までの人生の中で、石井努が経験したことのなかった類のことだ。彼は力が強く、身体も大きかったが、かつて一度も自分より弱い相手にその力をふるったことはなかった。いわゆる暴力というものに、まるで縁のない生活をしてきたのだ。
 自分との行為で三浦が痛むのだ、と知ったときは正直ひるんだ。痛みはいつかなくなるのだろうか? 経験値を上げる面倒さから、ゲームのRPGさえプレイしない石井はひどく焦った。痛い思いをさせるくらいなら、そのプロセスそのものは飛ばしてもいい、と思った。
 平気だよ、と云ったのは意外にも三浦の方だった。
 ────別に出来ないほどの我慢じゃないでしょ。
 こともなげにそう云われて、石井は、三浦が体力や家庭環境の不足のおかげで、自分を律することに長けていることを思い出す。三浦にとっては我慢して当たり前なのだ。石井のように、欲しいものはたいてい苦もなく手に入り、人よりも高い位置で甘い実をもぐことに馴れている訳ではないのだ。三浦がさらっと云った言葉に、石井は喉の奥で昂奮の塊を呑み込む。三浦のこういうところに惚れこんだことを改めて思い出す。陸上部の連中と一緒に、頬に髪を汗で張り付かせて走っている姿を見たとき、石井は初めて三浦に徹底的に負けた、と思った。
 三浦は石井よりも遙に「耐えられる」ラインが高い。以前、女は男に比べると何倍も痛みに強い、と聞いたことがある。三浦が聞いたら怒るかも知れないが、石井はストレートにそれを連想した。女はその得体の知れない強靱さで石井をひるませるが、三浦はそれに似た要素を、時々ふっと石井に見せつけた。細くて小さな身体だが、脆くはない。精神的にも弾力性を持っていて、とてもしなやかだ。その弾力の一部を、三浦が自分のために割こうとしてくれているのだと気づいた時、石井はすこし泣きそうな気分になった。

 服を脱ぐところまではいい。まだ数える程度しか三浦と寝たことはないが、服を脱ぐまでは割合に冷静でいられる。だが、何も身につけていない身体で横になって、三浦が自分の下になるように折り重なる。この瞬間、三浦が一番抵抗感があることを石井は気づいていた。三浦が石井との前に、誰かとしたことがあるのはほぼ間違いがなかったが、その相手が男でないのも確かだった。三浦は、自分がベッドの上で仰向けになって相手を見上げる、というシチュエーションに明らかに不慣れだったからだ。
 そのくせ、三浦はコンドームの扱いにも行為の後始末にも馴れたもので、石井の胸の中を嫉妬の棘がちくりと刺す。
 めくった薄い上掛けの下に三浦が身体を潜りこませるのを待って、石井は自分の身体をかぶせる。ここ暫くで覚えた三浦の肌の匂いや、シャンプーや石鹸の匂いがいりまじって、三浦の淡い体臭を作り出している。石井を昂奮させる匂いだった。男のくせにこんな甘い匂い。彼はいつも真っ先にそうするように、首筋と肩の間のラインに顔を埋め、髪の匂いを吸い込んだ。そこに微弱な汗の匂いを感じると、三浦の興奮のしるしを見つけたようでほっとする。三浦は、身体を激しく動かすか、感情が強く高まることがなければ汗をかかないのだ。
 肌同士がこすれる、音とも云えないような音を鋭敏な耳で聞きながら、石井は三浦に顎を重ね合わせ、薄い唇の上に無事に自分の唇を落ちつけた。最初にキスというものを考えついたやつは凄い、と石井は思う。身体のあちこちにある柔らかい部分を接触させることが、こんなに興奮を呼び覚ますのは何故だろう。手を握ったり、抱きしめ合ったりするのとはまた違う、もっと無防備で甘く、やるせない感覚。自分の急所をあけわたすという甘さ。
 キスしていると、三浦の唇の端からとろっと唾液がこぼれ落ちた。それはひどく淫らなものに思えて、石井は慌てて手を伸ばして彼の口元を拭った。
 三浦が薄く目を開ける。そして、彼は突然身体を起こした。
「何だよ」
 驚かされた石井の声は少し掠れている。細く開いたカーテンの隙間から街灯の光が漏れて、三浦の、色の淡い睫毛を透かした。
「やりたい放題だ」
 三浦は、拭われた口元に指先で触れて、はっきりとそう云った。
「えっ?」
 三浦は背中をよじるようにして、完全に起き上がった。ほんの僅か息が弾んでいるのを三浦は押し殺している。彼は、ぐっと身をかがめた。薄くしなやかな背筋の浮かび上がった背中が、目の前にさらけ出されて、石井は一瞬何が起こったのか分からなかった。はりのある白い肌が薄灯りを跳ね返し、貝殻骨と背骨のラインが綺麗に浮かんだ。その瞬間、息と三浦の前髪の感触が、石井の太腿に触れて、石井は思わず声をたてた。
「三浦、お前っ……」
 語尾のあたりの力が少し抜けて、情けない声になった。
 濡れた感触が自分の上を辿って、まともな声を出せなかったのだ。自分の肩がびくっと引きつれるのが分かった。石井は思わず歯を食いしばった。頬にあたたかな血がのぼり、一気に身体が熱く火照った。まだお互いに唇で触れたことはない。まさか三浦が先にそうするとは思ってもみなかった。三浦の左手が不意に伸び、ぐいとカーテンを引いた。僅かな光をもたらしていた窓の隙間がなくなって、紺のカーテンのかかった部屋の中は殆ど真っ暗になった。しかし、自分の足の間に顔を埋めた三浦の姿がよく見えなくなっても、腿の内側をくすぐる髪の柔らかさや、迷うような唇の感触が、尚更今の状況を生々しく感じさせた。
 敏感な部分で小さく動いたものが、三浦の睫毛だということに気づいて、石井は耳まで赤くなった。
「三浦っ、やめろよ」
 彼は、三浦を自分の身体から引き離そうとした。だが、三浦は動かなかった。彼の髪をひきむしってしまいそうな気がして、彼は自分の大きな手に籠った力をそろそろとゆるめた。
「お前にそんなことされたら」
 三浦の息が少し遠ざかり、彼が顔を上げた。
「されたら?」
 息こそ少し上がっているようだったが、冷静にそう聞き返されて、石井は思わず自分の顔を片手で覆った。
「ぜってーもたねぇよ。それに」
「それに?」
 三浦に追いつめられている気分になって、石井は大きな身体を丸めた。はぁっと深い息が漏れて、彼はその時初めて、自分が息を止めそうになっていたことに気づく。
「お前にそんなことされてると思うと恥ずかしーんだよ!」
 膝の上におかれた指を、足に擦れる三浦の胸の突起を意識する。やけになって本音を漏らすと、三浦の低い笑い声が聞こえた。
「いいでしょ、それで」
 再び声がくぐもり、三浦の前髪がもう一度腿の皮膚の上を撫でて行った。
「いつも、僕がどういう気分でいるのか、ちょっと体験してみれば?」
「……!」
 今度は唇だけでなく、あきらかに濡れたものが表面を撫で、歯の奥の濡れた空間に呑み込まれるのを感じる。石井は声を漏らしそうになって、口元を押さえた。身体中がずきずきと脈打って、薄桃色の鼓動の中に引きずり込まれてしまいそうだった。膝を掴んだ左手の力の強さに、男と寝ているということを思い知らされる。味わったことのない淫らな感触に、思わず涙がにじんだ。目の前をうっすらと曇らせる涙膜の向こうで、三浦の綺麗な背中がかすかに動いている。
 春は不意打ちに、未知の刺激を連れてくる。
 三浦が。
 まともにものを考えようとしたが無理だった。
 三浦が。
 春のかすかな肌寒さ、三浦のそれほど温かくはない頬の奥に隠れた熱、膝を掴まれて強引に快感を送り込まれる、怖いような不安定な甘やかさ。
 不意をつかれた口惜しさもそこには少しまじっていた。
 見てろ。その内お返ししてやる。石井は背中を強張らせながらそう思った。
 そしてふと、三浦は今までそういう気分でいたのかもしれないと思った。

 時計の短針が八を少し過ぎている。シャワーを浴びた三浦は、すいすいと髪をとかして、いつも通りの、ひんやりと整った彼の姿に戻った。さっきまで着ていた春仕様の薄い服に着替えていた。
 石井が熱を吐き出してしまうまで、唇と舌とで追いつめたことなど、まるでなかったような顔だった。だが、灯りの下で見ると、三浦の唇はいつもより少し赤いように見えた。それが実際そうなのか、いつもよりも三浦の唇に意味があると思うせいでそう見えるのか、石井には分からなかった。
 短く堅い石井の髪は、濡れた後でもすぐに乾く。三浦に、それ形状記憶合金で出来てるんじゃないの、とあきれたように云われたこともある。三浦のように気を遣ってブラシを使う必要はない。かすかに湿り気の残っている自分の髪に指をさしいれたまま、石井はぼんやりしていた。
「どうかした?」
「別に」
 石井はぶっきらぼうに答えた。意識してしまって、三浦の顔がまともに見られないということは云いたくなかった。少女達にいりまじって試験のヤマを教え、星の名前をすらすらと暗唱する唇で、石井の熱を汲み取ってしまうのだ。
 いつになく無口な石井を見下ろして、三浦は目許をなごませた。切れの長い、冷たい目が柔らかくなる。どことなく憮然としてベッドに座った石井の方に身をかがめた。こめかみと頬の間のあたりに、軽く吐息がかすめる。
 頬にキスされたのだと知って石井が顔を上げると、
「そろそろ帰るよ」
 三浦はそう云った。石井はぼうっとしながら肯いた。そんな風に優しくキスされたのも初めてだった。胸の奥が軽く痛んだ。風が温かくなる頃、春の気配に胸が騒ぐのとそれは少し似ていた。言葉でもキスでも自由自在に行使して、三浦の唇は、自分をどうにでも出来るのだと思った。
 とにかく春には、色々なことが起こりすぎる。石井は花が咲いたように熱くなった頬に少し触れてみた。三浦の柔らかく乾いた唇の感触が残っている。
 そして、帰り支度をする三浦を送り出すために、勢いをつけて立ちあがった。

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