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タイトルの通り「6月17日」の翌日。
馴染んだ部屋のベッドで、眠りの深い淵から引き戻された太夏志は、六月の白い日射しに、目眩のような感覚を味わった。
起きたらすぐに目にはいるよう、ベッドの反対側の壁に取り付けた掛け時計の針は、もうすぐで正午を指すところだった。明け方、隣で眠りについた筈の詩草はいない。太夏志はシーツの隣のスペースをゆるく撫でてみた。詩草一人分のスペースを残したシーツはもうなめらかに冷たかった。どんなスケジュールの日も、早朝に起きる習慣のある詩草は、おそらくとうに起き出して稼働しているのだろう。
こんなに深く眠ったのは久しぶりのような気がする。
喉の渇きを覚えた太夏志は、ベッドから降りて、楽なジーンズを履いた。たっぷり寝たせいなのか、自分の衝動に正直になったせいなのか、身体が軽かった。きっと詩草は、反対に、久しぶりに共有した夜の余波で身体が重いのではないだろうか。
ベッドの上で、彼の役目と、自分の役目が入れ替わったことはないが、望みうる限り長く、パートナーとしてやってゆくつもりなら、礼儀として、役目を交代する提案を詩草にしてみるべきかもしれない。だが、詩草がどんな反応をするのか、太夏志には想像がついた。きっと表情を見せないよう、少し顔を背けて、余り間を置きすぎず、今のところ不満は感じていません、とでも云うだろう。
詩草が自分を抱くことを想像したことがないのを、太夏志は気づいていた。それは詩草が男性としての健康さを持ち合わせていないからではない。過去に彼と付き合っていた女性がいるのも知っている。だが、太夏志との関係はそれとは違う。
恋のきっかけも、寝室の中での役割でさえ、いちいち太夏志が作り、催眠状態に入っている者の脳に一方的な情報を刷り込むように、詩草の内側に刻みこんできた。キスと快楽と、贈り物と、幾つもの恋人としてのルール。平等であるように見えて、実は太夏志に有利なその条件に、詩草は時々ためいきをつきながら、しかし確実に、忠実に従ってきた。太夏志の我が儘な願いを楽しんで叶えているように見えることもあった。
上野詩草は、人に必要とされることによって、自我を確立する種の人間に思える。そして、黒沢太夏志はそれとはまるで相容れない感覚を持って生きてきた。彼ら二人は明らかに別種の人間だった。そしてそういった異種の人間同士はたいてい相性が最高にいいか、激しく嫌い合うかのどちらかではないかと太夏志は思っている。
寝室を出て、ダイニングキッチンに向かう。その途中、寝室で脱ぎ捨てた詩草の服は勿論、自分の衣類まで綺麗に片付けられていることに、太夏志は気づいた。昨日、木谷陽とどろどろに酔うまで飲んで、酒臭い体臭を染ませた自分の衣類を、詩草に片付けさせたことに、彼は一抹のやましさを抱いた。
詩草は家にいないようだった。マンションのどこにも、彼の気配がない。
ダイニングで冷蔵庫を空け、冷たい飲み物を探す。冷蔵庫の扉に、銀色のマグネットのクリップで、見覚えのないメモが止めてあるのに気づいた。メモを読んだ太夏志は思わず笑った。
これは生真面目な詩草が時折見せる、茶目っ気というようなものだ。
メモにはマジックですらりと、『麦茶、はじめました。』と書いてある。
詩草の字だった。
最近では余り見なくなったが、昔、菓子屋や喫茶店の軒先には、夏になると厚手の白い布が吊された。青い波頭の模様の上に、赤く「氷」という文字が染め抜いてある。その横に店主の手書きで、『かき氷はじめました』と貼り紙がしてあるのだ。日本の夏の風物詩のひとつだろう。
太夏志が子供の頃と云えば、光化学スモッグの発生が著しかった頃だ。水銀色を帯びて、てらてらと濡れ輝く夏雲の下で、「氷」という文字と青い模様は清涼で、子供の乾いた喉にひりつくような欲求をもたらした。
詩草は、新しい飲み物や、珍しい食物などが冷蔵庫に入ると、時々その貼り紙をまねて、優しい文字で「はじめました」と書く。はじめたとは云っても、冷蔵庫からすぐに消えて、再び戻ってこない珍味もあれば、六月から十月まで黒沢家の冷蔵庫に毎日きちんと作り足される、麦茶のような定番もある。あと数日すれば夏至だ。夏も本格的に始動するだろう。冷たい飲み物の季節だ。暑くなるとアイスコーヒーと酒ばかり飲む太夏志に、優しい飲み物を飲ませようと、詩草は数ヶ月間、一、五リットルのガラスのボトルに麦茶をいっぱいに作るのだ。
詩草の心配りに応えようと、太夏志は麦茶を手に取った。グラスから唇の奥へ流れ込んだ麦茶は、すっきりとまるい感触を残して喉の奥へくだり、芯に酔いを残した太夏志の熱い身体を潤した。二日酔いとまではゆかないが、飲み過ぎた酒の名残が、胃に、脳髄の深い部分に残っていた。それでも太夏志の気分は昨日とうってかわって軽く、アルコール漬けの身体さえ軽やかに動く気がしている。
太夏志は半分飲み残した、麦茶のグラスに額を押しつけた。額の熱を冷たいグラスがゆるゆると吸い取ってゆく。自分の酔い、昨夜の醜態ももろともに吸い取ってくれれば、と思う。
してやられた。太夏志は、グラスを流しに置き去りにして、洗面所に入った。石鹸を泡立てながら、鏡を見る。よく見なければ分からないが、まぶたの縁や頬がかすかに赤らんでいた。酔っぱらいの顔だ、と思った。ひどい有様だ。
彼は冷水で満足するまで顔を洗い、歯を念入りに磨いた。顔を強くタオルで擦ると、間を置かずにシェービングクリームを塗って、髭を剃り始める。一刻も早く身仕舞いを済ませて、仕事部屋に籠もればいい。書きかけの小説はクライマックスにさしかかっている。太夏志の自分なりの感想としては、他愛ない読み物だが、そこそこ面白く仕上がっていると思う。その仕上げに没入するのは太夏志にとってはもっとも楽な逃避方法だった。
しかし、洗面所を出た太夏志は、書斎には向かわなかった。流しの上に置いてあった麦茶のグラスを手に、リビングを横切って、ベランダに続く窓を開けた。少し湿り気のある風が、カーテンを船の帆のようにはらませ、かすかな泥の匂いをまじえた雨季の空気を室内に呼び込んだ。
自分が若く、愚かであることを心臓からまっすぐに受け止めたかった。書斎以外には逃げ込みようのない真昼。嫉妬と放言の翌朝。そして薄白く潔癖な太陽。
窓を開けると、すぐ下の道路を走る車の音が聞こえてくる。向かい側の農地に植わった、アカマツの梢が、風の中で足を踏みしめて立っている。
だが、詩草は昨晩、彼をゆるく抱きしめて、間違いをおかさない完璧な太夏志ではなく、ありのままの、今の太夏志を好きだと云った。その言葉に含まれた許容を、自分は甘受することを許されたのだと思った。だが、太夏志が感じる自己嫌悪は、詩草に許されて、完璧に払拭出来るものではなかった。彼は普段なら、突発的な事態に強い。責められれば素直に謝り、だが、それをこころの傷にせずに、せいせいと片付けて、うまく教訓の部分だけを拾い上げるようなしたたかさがあった。
しかし、詩草に向かって、彼の友人との間を疑ってかかったとなると話は別だ。
何故、素直に尋ねられなかったのだろうか。彼は誰か、と。あの日屋上でコーヒーを飲みながら笑っていたとき、どんな話をしていたのかと。
してやられた。あの男。木谷陽。詩草の少年時代を言葉の槍で傷つけた幼なじみ。本人だと思って、詰問口調になっている太夏志を、訳知り顔で見ていた。薄青いコンタクトの向こうから見ている、あの目の意味を何故気づかなかったのだろう。醜態としか云いようがない。
太夏志は、グラスを持ったまま、しばらくベランダから入ってくる風の中で立っていた。
胸の中でうずく棘を作り出している木谷陽については、いささかの努力を払って、意識の外へ押し出した。こういう自己コントロールは、元来うまい筈なのだ。その気になれば、雑念を効率よく取り払い、目の前にある者だけに邁進し、どんどん精神の新陳代謝をよくしてゆける。だからこそ、月に何本もの仕事を短時間で、葛藤なく仕上げ、後を顧みることなく突き進んでゆけるのだった。
太夏志は、ソファに身体を沈めた。グラスをガラステーブルに置いて、そのまま天井を眺める。天井は今年の春に業者を入れて張り替えたばかりなので、真新しい。その白さが疲れた目に染みるように思って、まぶたを閉ざした。
もっとも、彼も調子のいい時ばかりではなかった。自分の仕事の仕方に疑問を抱き、自己不信の波に沈みそうになったこともあった。詩草は、そんな時期に太夏志の前に現れたのだ。
詩草は有能な学生だった。厚い本を短期間に何冊でも読みこなしてきて、要点を抜き取ってコピーした冊子を作り、涼しい顔をして太夏志に差し出した。冊子はテーマごとに別色の紙で見出しをつけられ、章の始めには詩草の気づいた細やかな注意書きが書き込まれている。
詩草と組むようになってからの仕事は目に見えてはかどり、太夏志は彼を手放すのが惜しくなった。仕事での親密さはすぐに個人への興味に入れ替わった。同性を相手にした仕事で、初めての体験だった。だんだんプライヴェートでも誘う回数が増え、ちょっとしたきっかけで詩草個人を強く意識するようになった。
あの頃の詩草は、少し不思議な存在だった。男っぽい青年ではなかったが、かといって女性的な訳でもなく、その合間の部分で姿勢を正して立ち、強風にさらされながら健気に野中に咲く、一輪の花といったたたずまいだった。
最初に聞かされた時は、男の名前につけるのには適切とは云えないのではないか、という感想を持った「詩草」という名前も、彼になかなか似合っているように思えてきた。背は高いが、痩せてすらりとしており、手足が長く、歩き方が風のように優美で、太夏志は、遂に心身を丸ごと含めて、詩草を手に入れたいと思うようになった。
丁度今、太夏志が座っているこのソファで、詩草の身体を腕の中におさめた時の高揚を、昨日のことのようにはっきり思い出せる。身長が平均を遙かに超えて高い太夏志の胸に、やはり、長身で細身の詩草の身体は、まるでかみ合わせて作ったもののようにしっくりとおさまった。詩草は狼狽して弱々しく身じろぎし、考える時間が欲しい、と云った。
(「男同士なんて、考えたら考えるだけ、やめた方がいいような気分になるだけだ」)
寝室で少しずつ詩草の服をはだけながら、ふるえを含んだ身体に唇で触れ、詩草の身体の持つ、いたましいほどの清潔さをくみ上げ、代わりに呼気で青白い皮膚を濡らしてゆくと、ベッドと太夏志の間で身動きのとれなくなった青年は、そろそろと陥落した。あらがうような素振りがなくなり、自棄的な従順さがそれに取って代わった。あきらめて力の抜けた膝の間に、自分の身体を割り込ませながら、太夏志はなめらかな頬を撫でた。
(「想像したことがないことをするのが不安?」)
太夏志は唇が触れそうな距離で詩草の耳にささやいた。
(「じゃあ、お前が俺と、これから何をするのか、口に出して云おうか」)
無意識に逃げを打とうとして、太夏志に握られた腕が動いた。その腕を緩く握り直し、軽く粟だったその肌をあたためるように包み込んだ。
(「お前はこれから俺に抱かれる。別に特別変わったことをする訳じゃない。ただ俺がお前の中に入る。出来れば、上野にも愉しんで貰えるようなやり方で」)
冷たかった腕や頬が、ふっと熱くなる瞬間を、太夏志のてのひらはとらえた。ぞくりとする。ようやく上野詩草の中に、自分へ直結した欲望を見いだした、と思った。
(「試してもいないのに、上野は俺を嫌だとは云わないよな?」)
詩草は、どうあっても太夏志が自分に頷かせたいのだ、と気づいたようで、非難するような目を彼に向けた。そして顔を背け、低い声で肯定のつぶやきを漏らした。
太夏志は、自分がソファで眠りかけていたことを知って、目を開けた。気分を上向きにしようとしたことはいいが、ここで半分眠りながら詩草との初めての夜を思い出しているというのは、幼児的行動に思えた。臨床心理士の森のカウンセリングを受けるようになって、詩草は少しずつ変わってきたように思える。詩草の精神が安定し、しっかりしてくるにつれて、太夏志は、大人の仮面をかぶっていた自分から、飾りが剥がれ落ちるような気がしている。精神的成熟をもたらす全てに背を向けていた、幼少期の頃の自分が顔を出したようにさえ思えた。
(森先生のカウンセリング、俺も受けた方がいいのかもな)
太夏志は、そんなしおらしいことを考えた。
森に一家総出で世話になるのは感心しないが、かといって、去年から今年にかけての太夏志と詩草の関係を知悉し、その上で自分の意見は抑えめに、ひたすら話をさせてくれる森以上の存在は思い当たらなかった。
思えば、去年から一年も経とうとするのに、この家の中で起こった問題は解決していないことが多い。一見すると元の鞘におさまったようだが、変化は確実に起こっている。詩草も、自分自身と母の問題の間で揺れることがあるようだ。その揺れ幅が大きいときに、詩草はひっそりと遠方の母の病院へ行く。そして、面会を許された日も、会話も交わせずに帰ってくるのだ。
精神的な傷みは目に見えない。だから、放置されて積み重なってしまいやすい。ある日、十三年分の記憶を投げ捨てて、過去の自分に「現在」を押しつけるようなことになってしまいかねない。
詩草の顔をした子供が、どんな風に戸惑い、どんな風に我慢強かったか、どんなに頼りなげだったか。しかし、太夏志との絆を断ち切らずにいるために、気後れに耐えて、ふるえるその手を差し出したのか、思い出すとまだ太夏志の胸は痛む。
太夏志が、内省的な思考に滑り込みそうになったのを見計らったように、エントランスのチャイムが鳴った。
内面を覗かれたようなタイミングに、太夏志はひとつ咳払いしてから、ロックを解除した。モニタに、おだやかな顔の詩草が映っている。
「お帰り」
そう云うと、いつまで立っても抜けない丁寧な口調で詩草が挨拶を返す。
『ただいま帰りました』
だが、その礼儀正しさは、警戒心の表れではないのだと、もう太夏志は知っている。
彼は、玄関のドアの、二重の鍵を外して、詩草を待った。外でエレベータの稼働する小さな音が聞こえて、やがて、ゆったりした足音が近づいてきた。
「何か用事だったのか?」
薄手の麻のジャケットを羽織った詩草は、それをリビングで脱ぎながら、腕に抱えた大判の封筒を持ち上げて見せた。
「これですよ。黒沢太夏志先生。昨日エクレシアに原稿をお忘れでしたね」
そう云いながら、中身の紙束を覗き込んだ。
「もっともあんまり校正ははかどってないみたいですけど」
「原稿?」
太夏志ははっとして額に手をあてた。
昨日、読み直しを入れようと思って携えていった小説のプリントアウトだ。もちろんハードディスクにも、フロッピーディスクにも同じものがファイルとして保存されている。結局読み直せなかったそのプリントアウト自体には殆ど意味がないのだが、それでも未発表の原稿を大量に紛失するという事態は、事が大きくなれば生易しい騒ぎでは済まない。下手をすれば千五百枚もの小説を、一から書き直すことになるかもしれないのだ。それは、いかに速筆を誇る太夏志であっても、絶対に避けたい苦行だった。
「原稿を外に置いてくるなんて、僕の記憶にある限りでは初めてですね。さっき電話があったので、僕が取りに行きました」
詩草は改まったように、太夏志に向き合った。
主席秘書官のお叱りを受けるか、と覚悟した時、詩草は柔らかく太夏志の髪に触れた。
「僕が心配をかけたせいですね。改めてすみません」
「お前なあ……」
太夏志は、詩草の手から封筒を取り返して、ソファの上に放った。
そして、数年前と同じ、詩草のほっそりした身体を自分の腕の囲いの中に閉じこめた。
「そこまで大人になられたら、俺の立場がないだろ?」
「大人とか、子供とかいう問題なんですか?」
分かっているのか、いないのか、詩草は不思議そうに問い返した。
そして、太夏志の腕からそっと腕を抜き出し、今度はひどく優しく、もろいものに触れるように、太夏志の背中に触れた。
了
※この話は、鷺沼やすな個人誌「夢の卵R」に掲載した、「6月17日」のおまけの話です。同人誌「コピーで恋爛漫」に掲載しました。
※この話は一九九八年の出来事として書かれています。公衆電話とテレフォンカード時代です。