色物ですが、フッチ×ルックです。
真の紋章の継承者の一人、レックナートの弟子、魔道士のルックが、元竜騎士のフッチに追い回されている、ということは、瞬く間にノースウィンド城に集う者たちの知るところとなった。
と、いうのもルックは、レックナートが自らノースウィンド城に据えた石版の前に座って、出陣しない時は魔法書などを広げているのが常だった。そうして、誰かがうっかり石版を覗き込もうとしようものなら、待ち構えていて、熊蜂さながらの毒針でひと刺しするのを、日々の楽しみとしていたのだった。
それが、かの竜騎士の少年に追い回されるようになってからというものの、ルックはおちおち座ってもいられないようで、城のあちこちを所在なげにうろうろしている。一度などは、大胆にも、真っ暗な部屋で死に近い眠りを貪欲にむさぼるシエラ嬢の部屋に逃げこんで、半日近くも出てこなかったことがある。相手があのシエラでなければ、とんだ醜聞になるところだ。
そして、ルックが通った後、必ずしばらく遅れて、顔を上気させたフッチがやって来て、誰彼構わず、ルック知りませんか、こちらに来ませんでしたか、と尋ねて回るのだった。
ルックの、邪気があるのかないのか、(あるに決まっている)いずれにせよ迷惑な毒舌や、彼にすればささやかな魔法を使った、タチの悪い悪戯に悩まされた者は多かったため、誰一人としてルックに同情しなかった。そして、どんな針にも刺されないよう遠巻きにして、ルックの身に何が起こるのか、かたずを呑んで見守っていた。だが、大抵のひとは何が起ころうとしているのか、本当に気づいてはいなかった。
まさか、姿はハルモニアの北の谷に咲く百合のようにほっそり美しいが、とことん迷惑で性格の悪いあのルック(しかも男)を、真面目で思いつめる、悩める少年竜騎士が本気で口説こうとしているとは、普通は思いあたらないだろう。
この道ならぬ恋の障害は、男同士だということより、ルックの場合、性格が最大の問題だった。誰が毒蜂と恋を語りたいものか? しかも壁をすり抜け、嵐を起こし、手にした杖に毒ならぬ風の刃を宿した毒蜂だ。彼の操る蒼い炎のような風は、銀色の鎧に身を固めたハイランド王国軍の、一個中隊をひと嘗めしてもおさまらずに荒れ狂うのだ。トラン共和国が赤月帝国から移行する際の解放戦争でも、その強大な魔力は猛威をふるった。
ルックのたちの悪いところは、敵を叩きのめすその力を、程度は違うとはいえ、気まぐれで味方にも遠慮なくふるうところだった。
しかし、竜騎士フッチが彼と語りたかったのは、間違いなく、恋以外の何ものでもなかったのだ。
今日もルックは息せききってビクトールの部屋に逃げこんできた。ビクトールの部屋には、戦場以外ではまるで目立たない、ひっそりと花のように大人しいリーダーのナナオが、黙々と干した果物を食べていた。彼が、戦いの合間に、よくこうして、殉教者のような顔でものを食べているところを見かける。どんどん痩せて来たのを心配する宿屋のヒルダに、食べ物の入った小籠を渡されて、これを絶対に次の食事までに食べてしまうのよ、と云い渡されているのだ。
「お前と友達になりたいなんて奇特なやつじゃないか、フッチも」
ルック相手にも、歯に衣着せぬ物言いをする、数少ない人間の一人のビクトールは、テーブルの上に足を乗せたままでにやにや笑った。
「冗談じゃないよ」
ルックは息をはずませながら、扉の後を伺った。
「それにしたって、逃げ回るなんてらしくないじゃないか。どうしても嫌なら、相手にしなけりゃいい様なもんだろ?」
「あいつ、友達になりたいなんて思ってやしないよ」
ルックはさすがにがっくりしたように座り込んだ。
「じゃあ何で追っかけまわされてるんだ、お前」
ビクトールは興味をそそられたように身を乗り出した。
「また何かしたのか、お前。ブライトにはちょっかい出すなよ。ブラックが死んだ時のフッチが、、自分も死人みたいになっちまったのは知ってるだろ?」
ルックは嫌な笑い方をした。
「それってネクロードの使う死人のこと? それにしちゃ、あいつ、顔色がよくてつやつやしてるじゃないか」
ビクトールはむっとしたように眉をひそめた。このノースウィンドウはビクトールの故郷であり、復興前のこの城を滅ぼしたのは、夜の紋章の使い手の死人使い、ネクロードだった。この事は一種ビクトールのトラウマになっているため、軽々しく口にする者はいなかった。しかしビクトールは怯まなかった。過去の傷にいつまでこだわっているには、彼は、余りにもおおらかで強靭過ぎた。
「云っとくが、ブライトに何かしたら、ハンフリーのおっさんに叩き斬られるぜ、お前」
「どうして僕があんな、まだ竜の子だかサンショウウオだか深海魚だかも判んないようなものに手を出すのさ。興味もありゃしないよ」
「じゃあ、何したんだ、いったい」
ルックは憤然と顔を上げた。
「どうして僕が何かしたことになるんだ、頭にくるな! あいつだよあいつ! 隙あらばこっちを押し倒して突っ込もうとしてるんだよ? 逃げない方がおかしいって!」
ビクトールは今度こそ度胆を抜かれたようにぽかんと口を開けた。
「突っ込もうって……マジかよ?」
「マジだよ。ああもう、いっそカマイタチでも仕掛けてやりたいよ……」
何でこいつ相手にそんな気になれるんだ、と云いたげに、ビクトールはルックの上気した白い頬をまじまじと眺め、ついでげらげらと笑い始めた。
「こりゃ傑作だ! フッチのやつ、ほんとに物好きだったんだな!」
「あんたの寝床にカマイタチを仕込んでやろうか……?」
ルックが陰にこもった声でつぶやいた。
「いやいや、勘弁しろよ。だってな、お前になあ……フッチがなぁ……」
脅されながらもビクトールは一向に笑いやまなかった。
「だったらなおさらお前らしくないだろ、そういう、……こう、何てえの、デリケートな問題だったらさ。びしっと云ってやらなきゃ、フッチも判んねえんじゃないのか?」
「僕がびしっと云わなかったとでも思う?」
ルックは、薄い唇から険悪なつぶやきを吐き出した。
「あいつ諦めないんだ。いくら云ってもしつこく追っかけてくるんで、ゆっくり本も読めやしない」
この国で、かの有名な映画が封切られていたら、ルックはフッチをターミネーターとでも例えたかったところだろう。
「お前、本なんて実は読んでやしないだろう」
ビクトールは面白くてたまらないように茶々を入れた。
「魔法書なんて読むとこもないくらい暗記してるくせに、よく云うぜ。どうせいつも暇そうにしてるんだから、フッチ坊やと遊んでやれよ」
「それでやらせてやれって云うわけ? お断りだね」
「まあ、そこまでは云わんが……」
ビクトールは腕組みした。
「だいたい普段のお前なら、フッチに押し倒させておいて、叩っ切るくらいのことをしそうなもんなのにな」
「叩ききるって、何を?」
ルックが、彼には珍しくぎょっとしたように顔を上げた。
「何を……ってそりゃ……何だろうな」
ビクトールは笑いをかみ殺す。
「それで他の奴に何て云えばいいのさ、フッチに押し倒されそうになって抵抗したらこうなりましたって云えっての? 死んだ方がマシだね」
「お前が黙ってても俺がみんなに云っちまうかもな」
「命が惜しかったら喋れば?」
「逃げ回るくらいなら、いっそやらせてやりゃいいじゃないか」
ビクトールは考え深げに、不精髭を生やしたいかつい顎を撫でた。
「実はお前もフッチに気があるんじゃないのか?」
「……どうしても試し切りされたいようだね……」
ルックが今にも切りかかりそうな険呑な声で呟いた時、扉の外でフリックの声がした。
「ああ、ルックならビクトールの部屋だ」
そう云いながら、自らドアを開ける。
「ビクトール、入るぞ。お、ナナオもいたのか」
ノースウィンド城一ハンサムで、ノースウィンド城いち、恋愛問題の機微にうとい、亜麻色の髪の青年は、爽やかに白い歯を見せてナナオに微笑した。
「おい、ルック。フッチがお前に用らしいぞ」
そう云った瞬間、視線で人を殺せるなら殺してやる、という目で自分を一瞥したルックに気づいたフリックは、戸惑ったようにフッチを、そしてルックを、ついでビクトールを眺めた。
「何だ……? 何かあったのか?」
「こんなに避けるなんてひどいじゃないか、ルック。話だけでも聞いてくれたって……」
フッチは、勝ち気な目を半ば潤ませるようにして訴えた。
「そうだ、話くらい聞いてやれよルック」
フリックは、好意的にのんびりと口を出した。ルックはその瞬間毛が逆立った猫のようになった。
「訳も分かってないのに口出すなよ、奥手恋愛不感症のフェロモン男」
陰険な不意打ちをくらって、フリックは一瞬ぽかんとしたが、次の瞬間、先刻のビクトール同様苦い顔になった。もう何年越し、死んだ女のことを想い続けて、ひそかに自分の剣に恋しい女の名前をつけているようなこの好青年に、ひどいことを云うものだ。しかも彼女のことを忘れられずに一人身を守っているのに、行く先々で女難と云っていいほど女に、(時には男にも)もてるのも、この青年の悩みの種だった。
まあ、少々色恋沙汰にぼんくら気味なだけで、仕事も抜群に出来て頭も切れて、しかもこの顔ならば、女が放っておかないのも無理はない話なのだ。
「まあまあ、若いもんは若いもん同士ってことで……な、フリック」
ビクトールがにやにや笑いながら立ち上がり、フリックの肩を叩いた。
「馬に蹴られるぜ、お前」
フリックの耳元に、そう、聞こえよがしに囁いて見せる。その瞬間、ビクトールの頭上数十センチのところで、指先程の小さな風の塊が弾けて、紙を爪ではじいたような、ぱん、という音をたてた。小さな空気の流れのようだが、実は、その中に手を突っ込めば、手首の一本や二本、骨ごと断ち切られてしまう、ルックの風の魔法だった。
「ほらほら、風の神様はお怒りだ。行こうぜ。……ナナオ、お前もだ。……うんじゃま、ごゆっくり」
ビクトールは、まだ事情を飲み込みきっていないフリックと、相変わらず、修行僧のような面持ちでサウスウィンドの干し果物を食べているナナオの腕を引っ張って、部屋の外に出て行ってしまった。
「フッチ、腹壊すなよ。そいつはゲテモノだぜ?」
そう言い残して閉まったドアに再び小さな風が弾けてぶつかり、小さな木くずが扉から削れて、ぱらぱらと床の上に落ちた。
そして、こめかみに血管が浮かびそうなほど腹を立てたルックは、やる気満々の小柄な竜騎士と一緒に、ビクトールの部屋に取り残された。
「話があるならさっさと云ってくれない?」
たった今自分がえぐったドアから細い煙がたなびいているのを眺めながら、ルックは、なるべくフッチの方を見ないようにしてつぶやいた。
「いや、話っていうほどのものじゃないんだけど。……」
(いちいち顔を赤らめるなよ……)
ルックの心中で激しくつっこまれているとも知らず、フッチは、きゅっと目尻の切れ上がった目を細めて、照れたように微笑った。
「とりあえず友達になって、僕の事知ってくれれば、って」
「友達なんていらないよ、おあいにく」
「そんな! 友達がいらないなんて、そんなこと、云わないでくれよルック……」
フッチは唇を噛んでうつむいた。
「そんな、寂しすぎるよ……」
(うわぁっ。こいつのこのノリが何よりイヤなんだ僕は!)
ルックは一瞬にして全身が粟立つのを感じて、慌てて首を振った。
「だいたい友達って云うけど、この前ちょっとだけ二人きりになった時、自分が何したか覚えてる? いきなりキスしてきて、それだけならまだしも、キスだけでしっかり反応してただろう」
ルックは腕を組んで仁王立ちになり、ぴしゃりと決めつけた。実はつい先月、そういうことがあったのである。
「あ、知ってたのか……」
フッチは真っ赤になった。
「あれだけぎゅうぎゅう抱きついてきて、あげくに押しつけられて気がつかないわけないだろ、ばかじゃない?」
無性に苛々して、ルックは、もっと突っ込む種がないかを探した。どうもフッチは穴だらけのように見えるくせに、妙に隙がなくて、舌の切れが悪くなるのだ。
「あれで友達なんて笑っちゃうね。そもそも、君、三年前、竜騎士の砦にいたころから僕のことは知ってたんだろ、どうしたって最近になって急に、そんなばかげたこと云い出したんだよ?」
「え、それは……」
フッチは、またしても幸福そうに顔を赤らめて、ルックを苛々させた。
「この前、トラン共和国に行った時、僕が崖で足を滑らせただろ?」
「……? ああ」
ルックはうなずいた。実は、悪戯心で、崖にかかったはしごを昇るフッチの足下に、風を起こして足を滑らせてやったのだ。落ちれば助からない高い崖だ。さすがに落ちる前にすくい上げたのだが。それを根にもっているのだろうか。
「その時、君、助けてくれただろう?」
「……」
(僕がやったことに気づいてないのか?)
珍しく一瞬云い返されなかったことに勢いを得て、フッチは目をきらきらさせて云いつのった。
「君が崖の上からさっと風に乗って跳びこんできてくれて、まさかあんなことしてくれるなんて思ってなかったから……びっくりして……とても嬉しかったよ。それに、崖からの逆光で髪のふちがきらきらしてて、とても綺麗だった。風の魔法を使ってる時の君、いつもすごく迫力があるし。……」
「え……」
思わぬ展開に、ルックは茫然として、不覚にも再び絶句してしまった。
フッチ坊やは、歳上の魔道士が視線をそらした理由をどう受け取ったのか、竜騎士特有の、体に比べて不似合いなほどしっかりした大きな手で、ルックの細い指を握りしめた。その力は痛いほどだった。ことに、空中で竜の手綱を取る竜騎士の左腕は、槍を握る右手より更に発達しているのが常だ。その左腕で竜を駆り、体を支え、重い槍を操る右腕の激しい動きに耐えるのだ。
「着地するまでの一瞬、君に支えてもらったからかな? 風とひとつになったみたいな一体感があって、まるでブラックと一緒にいた時みたいに安心出来たんだ」
「……僕は君の死んだ竜の代わりか?」
その素晴らしく無神経な爆弾を落としたにもかかわらず、フッチは一向にこたえなかったようだった。
「そんな風に思わないでくれよ、ルック。もちろん君が竜だなんて思っちゃいないよ。君は君として好きなんだ……」
わずかに低い位置から間近に視線を合わせて、しげしげと目を覗き込んで来る。
「それに、竜騎士と白魔道士って云ったら」
「……云ったら?」
「RPGの恋物語では定番だと思うんだ」
そう云って、フッチはにっこりした。
「それは、それは男と女の話だろう! それに誰が白魔道士だって?」(※幻想水滸伝に白魔道士と云うジョブはありません、念のため)
「同じようなものだろ? それに、……あの時解ったんだ」
唇が近づいて来るのを、茫然とした気分でルックは見つめた。そっと、子供のように柔らかい唇が触れて来る。
前回キスした時、ルックの魔法に斬られた傷が、まだフッチの頬に薄白く残っているのが、ちらりとルックの視界の隅にかすめた。
「……何が?」
ルックは自分がぼんやりしているのが、怒りの余り何かの糸が切れたのか、キスが何らかの効果を上げているのか判断出来なかった。ただ、前の時のようにぶった切ってやる、という怒りがわいてきていないのは確かだ。別にうっとりしているわけではない。それは確かだ。うっとりしているにしては、脱力がはなはだしいからだ。
(嫌な予感がする。……)
「君は、いつもそんな風にとげのあることを云うけど、本当は優しいひとなんだ。どうしてそんなにガードしてるのか、僕はそれが知りたいんだ……」
フッチ坊やはとてつもなく真剣に、目元を上気させてささやいた。ルックは口も聞けずに彼を見下ろした。ルックの性格の悪いのは生まれつきで、ほとんど外部要因の力を借りずにこうなったのだが、そんなことをいくら云っても、この竜騎士の坊やには通用しそうもなかった。
フッチは濃い色の睫毛を伏せた。
「僕も、ブラックを亡くした時、世界が終わってしまったような気がして、素直になれなくて、ハンフリーさんや、トラン共和国のひとたちも、砦の仲間もみんなよくしてくれたけど、どんなにしても光が戻ってこない真っ暗やみの中にいるような気がしてたんだ。今はブライトがいるし、それに……君のことを考えると、すごく幸せだけど……」
ルックは、フッチの優しい、しかし鉄のような指に手を握られたまま、貧血を起こして倒れそうになっていた。何だか嫌な予感がする。自分がいいひとだと信じきられたまま、この強引な竜騎士に口説き落とされてしまったらどうしよう。どんなに傷つけてやってもめげそうにない、この無粋なプラスエネルギーのパワーに、はたして自分は打ち勝つことが出来るのだろうか。
「だから、君のなくしたものが何かあるなら、一緒に探したいし、もしそれがどうしても取り戻せないものなら、……なら……僕がその代わりが出来ないか、って……自惚れかも知れないけど……」
フッチがそう云った瞬間、扉が開いて、手を握りあった二人の前に、ナナオが現れた。ルックは手を握りあっているつもりはなかったが、はた目から見たらそうとしか見えなかっただろう。
「ごめん、邪魔しちゃって……」
ナナオはそう云って、二人の前を横切って、平然とさっき座っていたテーブルに向かった。
「あ、あったあった、ヒルダさんに籠、返さないと。……」
そうつぶやきながら、ナナオは扉に手をかけた。くるりと振り返る。そして彼は、すでに都市同盟の中でトレードマークと化している、憂いを含んで透き通った黒い瞳をあげ、ふうっとため息をついた。しかもフッチに向かって、
「大切なものを失くさないように、側にいるうちに精一杯守るのって、大事なことだと僕も思うよ。……」
などと、謎めいた言葉を残して去って行ってしまった。
(待ってくれナナオ! このバカに、僕は本当にどうしようもない性格で、いいところなんてひとつもなくて、意地悪で嘘つきで、初対面から印象は最悪だったって云ってやってくれ! 頼む!)
「ナナオって、何だか、何もかも解ってるみたいな目をするよな……」
フッチが、ナナオの閉めた扉の方へ目を向けてため息をつく。
しかし、ルックのいつも人一倍働く舌はさっぱり動かず、彼は、フッチに手を握られたまま、金縛りにあったように動けなかった。人を金縛りにするのは得意だが、されたことはない。
こんなひどい目に遭ったこともないと、彼は思った。
こいつは竜騎士だなんて云ってるが、それこそ、たちの悪い黒魔道士か何かじゃないだろうか(※くどいようですが、幻想水滸伝に黒魔道士というジョブはありません)。ルックは弱々しく、かろうじて、最後の抵抗を試みた。
「竜のいない竜騎士なんているか、ばかばかしい……」
フッチはそれを聞いて驚いたような顔をしたが、にっと微笑んだ。
「すぐブライトが大きくなるよ。そしたらルックも乗ってくれるだろ? ブライトは真っ白だし、すごく綺麗な竜になると思うんだ。きっとルックともよく似合うよ……」
フッチはそう云って、荒れた指で、ルックのなめらかな栗色の髪を梳いた。ブラックが死んで沈みがちだったが、本来は強い意志(しかも鉄壁の)を示す瞳が、きらきらと光っていた。
絶対にこいつは魔物だ!
ある朝、訳が分からないまま、シーツの隣にフッチを発見しても驚かない、とまでルックは思った。しかもすごくいいひとだなんて思われたまま。
(助けて下さい! レックナート様……)
彼は記憶にある限りでは初めて、自分の、それこそ何でも解っているように思える万能の師匠に、心の底から祈った。
自業自得です。
レックナートの神々しい声が空から降って来るのが聞こえるような気がする。あるいは本当に返事があったのかも知れない。
相変わらず金縛りの状態から抜けられないルックは、フッチが伸び上がって、猫か犬にでもするように、自分にそっと優しくキスしてくる姿を、茫然と見守ったのだった。
了。