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ソリチュード

02 21 *2013 | Category 二次::バイオハザード・クリスレオン


続き










「……なら、勝手にするといい」
 怒りの籠った低い声でつぶやくと、レオンは荒々しくドアの横のフックにかけたジャケットを取り上げた。
「────どこへ行く気だ?」
「さあな」
 レオンは唇を結び、一瞬視線を伏せた。彼の鷹揚さ、潔癖さをもっともよく映し出す鏡のような青い目が隠れると、レオンの整った顔が冷たくうつることに気づいてクリスは驚く。この数ヶ月間、彼の顔をどれだけ間近に見たか分からない。なのにまだ馴染まない表情を見ることがあるのだ。
「あんた達にとって、俺はいてもいなくても同じらしいからな────」
 レオンは強い内圧を伺わせる、押し殺した声でもう一言付け加えた。
「誰がそんなことを云った?」
 クリスは足を大きく踏み出し、ドアのノブにかかったレオンの手をもぎ取るように掴んだ。
「俺一人で潜入すると云うのが、お前をないがしろにすることなのか?」
「……悪いが、離してくれ」
 クリスよりいくぶん年下のこの青年は、おおむね真面目で前向きだった。炎のような気性のクリスには及ばないが、物事の見方が明るく、寛容でひたむきだった。彼がマイナスの感情を表に出すことは今まで殆どなかった。アンブレラの作り出した想像を絶する人災に巻き込まれ、無力感と怒りに荒れていたのはむしろクリスの方だった。
「おれとお前が二人とも島に潜入してどうなる? もしものことがあったとき、誰がアンブレラを告発する役目をするんだ? もし二人とも死んだら……」
 腕を掴むクリスから、身を捩るようにしてレオンは一歩逃れた。
「どうやらあんたは死ぬつもりで行くらしいな、クリス」
 よく光る貴石のような目が彼を凝視している。
「別に死ぬ気で行くんじゃない。行くからには、クレアを助けて、おれも帰ってくるつもりで行くさ」
 レオンは壁際に立ったまま、ちらりとドアを眺めた。疲れたようなため息をつく。その息の中に剣呑なふるえがひそんでいる。今夜、彼を出てゆかせてはならない。クリスは本能的に思った。彼は自分の身体をドアとレオンの間に割り込ませ、ドアに背を向けた。
「二人で行けば生還の確率は上がる。違うか?……」
「レオン」
「……」
「あんた達、と云ったな、さっき」
 その言葉はするりとクリスの喉から唇の外へ滑り出す。
「それは俺とクレアのことか? それとも」
 レオンの肩が、クリスの云おうとすることを察したように揺れ動いた。
「エイダ・ウォンのことを考えていたのか……?」
 そうささやいた瞬間、かっとしたようにレオンは明るい青い目を燃やした。
「あんたには関係のないことだ」
 荒い語調で苛立ったようにつぶやき、クリスの背にしたドアを押し開けようと腕を伸ばした。その肩を掴んで引き寄せ、ドアに押しつける。
「っ……離せ」
「レオン!」
 二人の声が混じる。少しトーンの高いレオンの声が滅多に見せたことのない激情にかすれた。
「俺たちが仲違いしてる場合じゃない、解ってるだろう?」
 レオンが硬く握りしめた指から上着をむしり取り、傍らの椅子の上に放った。その指に自分の指を絡ませ、ドアに縫い止めた。レオンのかすかに冷えたてのひらの向こうから、スチールのドアの冷たさがしみ通ってくる。クリスが何をしようとしているのかを悟って、レオンは顔を背けた。酷く拒まれる様子がないことに思わず安堵する。安堵したこころの隙間につけいるようにして、胸や腕に、レオンを抱いた感触が先触れのように甦ってくる。
 彼を抱くまで、男をこんな風に抱きしめるなど思いもよらないことだった。クリスはまだその行為に複雑な羞恥を感じた。ラクーンシティで好きだった女を死なせてしまったこの青年と、自分が何故こんなことになったのか、未だにはっきりとはわからない。欲望を読みとられることにはまだ少し抵抗がある。
 彼は腕の中で身じろぐしなやかな身体に、自分の堅い肩や胸を押しつけた。ドアの板と自分の身体の間にレオンを閉じこめ、部屋の灯りを切るスイッチを探った。
 灯りを消すと、先刻までレオンが立ち上げていたパソコンの画面で、静かにスクリーンセーバーの画像がうねっているのが解った。緑色の枝が画面上にはびこってゆく様を影像にしたそのスクリーンセイバーは、生物学的な異変に過敏になった彼には、かすかな嫌悪感を呼び覚ました。厚いカーテンを引いて灯りを消した部屋の中で、GPSを内蔵したデジタル時計と、そのスクリーンセイバーだけが僅かな光源だった。レオンの友人の名前で借りた安いアパートに仮住まいをする男達が、そこに持ち込んだものは僅かだった。クリスは、間近に息づく男のなめらかな髪が、ほんの僅かな光を拾ってやわらかくかがやいていることに気づく。
「何故、クレアを一人で行かせたんだ……」
 身体をこわばらせたレオンは、ため息にまじって低くつぶやいた。
「……なくした後で後悔しても遅いんだ、クリス。あんたは分かってない」
 そうかもしれない。クリスは思う。彼はまだ決定的な別れを体験していない。STARSのメンバーで一番親しかった女友達のジルも、ラクーン郊外の洋館で彼を救ってくれた少女のような隊員も、あんな場所に迷い込みながら生還した。ウイルスに感染することもなく、殆ど怪我をすることもなく無事に帰ってきたのだ。それでクリスは、まるで物語か映画の主人公になったように、自分と自分の大切な人は傷つかないと思いこんでいるのかもしれない。
「俺も、クレアを一人で行かせたことは後悔してる」
 妹の名を口にすると、舌が乾いた。異質な焦燥がこみ上げてくる。
「何日かして、同じ後悔を俺にさせるつもりなのか?」
 レオンは苦い口調で呟いた。
「お前まで行ったら、ジルがおれたちに連絡をつけられなくなる」
 本当にそれだけなのか?
 アシュフォードの島にレオンを行かせたくないと思っているその理由は。クリスは自分の胸を覗き込む。そして、危険に晒される対象が自分一人であった方が気が楽であること、自分の思い入れる相手を庇護したい欲がそこにあることを認めないではいられなかった。
 彼はレオンの髪に唇を押しつけた。ドアに押しつけられて冷えた背中を自分の熱い腕で巻き締め、男の身体を胸の中に引き寄せる。嘗て、言い争いの末に女性の抗議をキスで封じるような行為を軽蔑していたこともある。
 しかしそれ以外には方法がないこともあるのだとクリスは初めて知る。話を打ち切るしかない、しかし相手をどうしても今晩、自分の側につなぎ止めたい時。
 薄い唇を覆い、あたたかな舌を誘い出しながら、レオンの身体を、彼の中に眠るアンビヴァレンスごと抱きしめた。

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