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ミルヤムの瞳

03 01 *2013 | Category 二次::アンジェ02・セイラン受け

ランディ×セイラン。
これはきっちりとランディ×セイラン。

続き





ミルヤムの瞳


マリア=イエス・キリストの母。聖母マリア。ラテン語。ヘブライ語でミルヤム。英語ではマーリー。
宗教画や彫刻の、主要題材のひとつである。

「ミルヤム。僕の星の女神の名前です。聖母と呼ばれる、唯一神の母でね」
何がそんなに面白いのか、うっとりと目を細めて話を聞く彼を不思議に思いながら、セイランはそんなことを離してやる。
 彼はセイランが聖地に持ち込んだ本の背表紙にその言葉を見出して、その話を聞かせてください、と云って、アンジェリークのとなりの席に坐りこんだのだ。
「昔、グリンカという彫刻家がいて、ミルヤム像を彫った。聖母の像を作ることは許されていたけど、そのころはまだ、像に彩色することは許されていませんでした。だから彫刻家達は、ミルヤム像を皆、白い石で彫るならわしでした。顔も唇も、髪も目もすべて白でね。だから微笑みをたたえてはいても、彼女の瞳が何を見詰めているのかはっきりとは解らなかったし、それがなおミルヤムを神秘的に見せていると思って、彫刻家たちも、教会も、ミルヤム像に参拝する人々も満足だった。でもグリンカはミルヤムの瞳が何色なのか、どうしても知りたくなった。彼の彫ったミルヤムはとても美しかったんだ。その像に空虚な白い瞳をはめこむなんて、耐えられないと彫刻家が思うくらいね」
彫刻家は、その色を求め、世界中をさまよった。木々と世界を包んで安らぎを与えるみどりか、母なる海、父なる空の青か、実りの黄金色か。血と焔を顕す紅をあしらえばよいのか。かつえるように世界中を見つめ、美しいと思う色はすべて持ち帰り、自分の彫った、奇跡のような聖母像にはめこんでみた。しかしどれもミルヤムには相応しく思えない。
数年の葛藤の末、彼が選んだのは黒だった。
黒は全ての色を集めた色であり、全ての色を拒み、飲み込む色だ。大理石で彫り上げたミルヤムに黒水晶の瞳をはめこむと、その謎めいた冷たい表情は一変し、いきいきと耀いた。グリンカは狂喜し、世界中をつつむように微笑む、自分の傑作に更に化粧を施した。唇にはくだいたルビーをはめ込み、髪を黒く塗り、黒い服を着せた。肌には一点の曇りもないように磨き上げた。手をかければかけるほどミルヤムは美しくなり、彼は、聖母像を飾り立てることに夢中になった。こんなに美しい女は見たことがないと思った。
だが、或る朝目を覚まして、ミルヤム像を見つめたグリンカは、そこに立つ、本物としか思えないような美しい女人像が、すでにミルヤムでないものになっていることを知った。彼はあまりにもミルヤムを虚飾で飾り、本物の女のようにして、聖母を聖母ならざるものに仕上げてしまったのだ。
しかし、その聖母像を愛する気持に変わりはなく、グリンカは、失敗作である女の像を壊してしまうことは出来なかった。
「その彫刻家はどうなったんですか?」
彼は、空のように真っ青な瞳をあげて、セイランを見上げた。
「ミルヤムを冒涜した罪で、処刑されてしまったそうですよ。でも、そのミルヤム像は壊されなかったようだけどね。何年かして、その像があまりにも美しかったので、グリンカは悪魔に魅入られたのだろうという噂がたった。それで教会はそのミルヤム像を壊させようとしたけど、結局、誰もそれがあまり美しくて、壊すことはできなかったそうです。今でも、グリンカの作ったミルヤム像は世界のどこかにあって、もう二度と誰もその目に惑わされないように、その黒い目は、布でふさいであるとか……」
セイランは笑った。
「グリンカがその瞳を黒に染めなければ、そんなことにならなかったのかもね」
「黒い瞳。……」
気づくと、風の守護聖は、テーブルに頬杖をつき、セイランを見ていた。セイランの、かすかに青みのかかった黒い瞳の中を覗き込んでいる。
「そのひとの気持が分かる気がするな……」
そしてためいきのようにそう云った。

息苦しい。部屋が暑いせいだろうか。服を脱いだ時、寒い、と云ったのはセイランだったが、こうまで暖かいと息が詰るような感じがする。彼はだるくしびれた手足を力なくもがき、追ってくる熱いてのひらから逃れようとした。
「逃げないで」
哀願するような響きを帯びて、彼らしくもない濡れた声が、背中から降ってきた。彼もセイラン同様息が上がっていた。熱く掠れた息が声に混じりこんでいる。
「いい加減にしろよ……」
たまりかねて振り返る。その瞬間、セイランは息を呑みそうになった。部屋には明度を落とした薄明かりしかついていなかったが、その中でも、彼がどんな風にせっぱつまっているのかが一目で見て取れた。疲れて痺れた頭の中でも思わずあきれて、体からまた力が抜けてしまった。
セイランは彼を拒んだわけではない。それどころか譲歩し続けだった。かなり前にこの部屋で服を脱いだ。歳下の風の守護聖の部屋だった。部屋を訪ねて欲しいと云われて訪ねてきた。帰らないでください、と云われてそれも承知した。
(「キスしていいですか」)
そう云われてうなずいた。
(「ねえ、全部見てもいい? 触ってもいいですか」)
(「ランディ様なんて呼ぶのやめてください」)
熱っぽい要求は徐々に核心に近づいた。
(「……ねえセイランさん、好きって云って。俺のこと好きって云って……」)
彼に、気持を打ち明けられてから、こうなるまでに随分時間がかかった。結果的に彼を焦らしたことになってしまったのかもしれないが、青い目の、毛並みのいい風の守護聖は、まるでセイランに今この瞬間も苦しめられているというように、追いつめられた声で、次々と彼に望みを言い募った。
しかしセイランは拒まず、最後の言葉以外の望みにはすべて応じたのだ。
好きかどうかには自信がない。風の守護聖ランディはセイランにとってあまりに異質な人間だったし、ランディの寄せる思いは怖いほど真っ直ぐで、直視できない思いがした。彼が、男の自分を好きだというのも似合わないように思えた。逆に、男の自分にもお構い無しに思いを寄せるところが、彼らしいなどとも思った。
だが、彼を愛しているのかは分からない。こんなふうに、比喩でさえなく、雲の上にいる人間を愛してどうしようというのだ。神殿に飾られた偶像を愛するようなものだ。誰もがその偶像を美しいと思い、敬ったとしても、神の形をかたどったものに胸を焦がす者などいるだろうか?
ただ、ここで何とでも云って拒める自分が、拒まずに身を任せ、ゆらゆらとこころを迷わせていることが、セイランには不思議だった。
無言のセイランを物足りなく思ったのか、ランディは彼を離そうとしなかった。繰返し口づけ、彼のからだの奥にまで入り込んで極まっても、気持がおさまらないようだった。
身体をずりあげて逃れようとしたセイランの腕をてのひらが掴んで、ベッドの真中に引き戻す。汗に濡れた背中に、ランディが頬をすりよせて、背骨に歯を立てるのが分かった。
「……あぁ……っ」
思わず声を漏らした。声を出すとなおさら興奮させると思ったが、止められなかった。何度も高まった身体の中に、破れかぶれの熱が引き戻される。ランディは、セイランよりわずかにだが背は低い。しかし彼の身体は驚くほど綺麗にひきしまった筋肉につつまれていて、力は比べようがないほど強かった。細いが、しなやかで強い腕に背後から抱きしめられて、セイランは眩暈のする思いで息を吐いた。発熱しているようなてのひらが、太腿の内側に這いこんでくる。そこは汗と、つい先刻ランディが彼の中で高まった名残で濡れていた。その湿り気の中にまた指を埋めて、ランディはセイランの中を確かめようとする。指を動かされると、散々そこで動かれて敏感になっているせいで、堪え難いようなきつい刺激が走り抜けた。
「ランディ様……」
彼は乾いた口の中でようやく唾液を飲み込み、声を絞り出した。
ランディは答えない。
「……ランディ」
ようやくそう呼ぶと、ランディは伸び上がってセイランの口元に耳を近づけた。何? と、上の空のようにも聞こえる小声でつぶやいた。
「もう、つらい……」
疲れと刺激に耐えられずに喘ぐと、ランディは背中から手を伸ばして、彼の下腹を探った。そこに熱を見つけて、そっと指を動かす。最後には無理矢理引きずり上げられて高まったばかりの、敏感な先の部分を指先でなぞる。
「でもセイランさん、感じてるでしょ。……」
セイランは、いつもの自分ならどんなに腹を立てる場面か、ぼんやり考えた。部屋が暑すぎるのか、疲れているせいなのか、朦朧としてよく考えられなかった。
ランディは彼の中から指を抜き出して、綿のように力の抜けた身体をあおのかせた。胸の上で尖る紅い部分に、腹に、腰にくちづけしながら降りていった。殆ど無抵抗の膝に手をかけて押し開き、自分の肩を割り込ませて、セイランの熱を唇で包み込んだ。
「……っ」
彼は背中を波打たせ、柔らかく熱いものが這い上がって包み込み、自分をまた追い立てようとする感覚に耐えた。そこにゆるく歯が立てられて、体液を啜るように唇の中で吸い上げられた。
「あ、あっ……あ、……」
腰と背中が浮き上がる。開かれた脚を閉じようともがくと、もう一度、奥まで指が入ってきた。前に与えられる刺激が少しおろそかになり、代わりに一定のリズムで指が往復し始めた。濡れて潤み、熱くなったそこは、すぐに二本の指を飲み込んだ。すでにセイランが敏感に反応する場所を心得たランディは、焦らそうとはせずにそこに辿り着いて、繰り返し擦り上げた。ひどく疲れていて、もう一度高まることなど出来ないと思っていたのに、彼の中に入った指は、おそらく、愛撫する当人の思惑以上に、器用にセイランを追いつめ、無理矢理に快感をひきずりあげようとしている。
息があがって苦しいのか、セイランの熱を含んでいた唇が離れた。彼は一瞬ほっとしたが、唇は、口腔でしめつける代わりに、彼に添って動き始めた。かたちを辿るように舌が動き、刺激の後を荒く熱い呼吸が包む。指の動きとずれるようにしてやってくる唇の刺激に、思わず涙が零れた。
開かれた脚に、上り詰める直前の、特有のふるえが走り始めた時、ランディはそっと指を抜き出してセイランを胸に抱きしめた。すっかり体温が上がり、皮膚の下に震えを含む身体を割って、片脚を大きく押し上げる。
数時間前、一番最初にそうされた時のことを思うと嘘のように、彼はランディを無理なく迎え入れた。じれったいような、少し痛みを伴う快感がそこを疼かせているが、繰り返された行為と指にやわらかく溶かされ、衝撃はほとんどなかった。
広げられたそこに、圧迫感と共に摩擦が訪れたときは、セイランは限界に近かった。彼はすがるものを求めてランディの背中を抱きしめた。息が出来なくなって声を噛んだ。衰える様子のないランディが自分の中で動いている感触に熱くなる。顔が火に炙られているようだ。
セイランの様子に気づいたランディが、てのひらを滑りこませて彼を握り締める。
「ん、ん……あ……っ……」
吐息と一緒に声が吹き出し、紙一重の快感に苦しんでいたセイランは、背中をうねらせて、ようやく苦しい熱を吐き出した。それはほぼ苦痛に近いほどで、目を閉じると涙がまつげの淵から溢れ出して頬を伝った。上気した頬に、その涙は冷たく感じるほどだった。
力が抜ける。もう背中を抱きしめ返す気力もなかった。
彼は壊れた人形のように抱かれたまま、ランディが自分を解放するのを待ちながら、身体をゆすぶられて、自失と眠りのはざまに滑り込んだ。
ごめんなさい、セイランさん。
眠る前にランディがつぶやくのが聞こえる。つぶやき、というよりも、それは吐息に声が混じっている程度のかすかなものだった。かえってきちんと目を覚ましている時には聞き逃してしまいそうな、胸の中に直接ささやきかけられたような言葉だった。
(謝るくらいならこんな無茶をするな……)
ぼんやりとそう思ったが、とても声は出せなかった。

目が覚めると、ランディはそばにいなかった。
陽が妙に甘い金色をしていて、時間の感覚が狂った。起き上がろうとして、ほとんど身体を起こせないことに気づく。身体の芯につきぬける疼きと痛みをこらえて横になり、シーツの上で視線を巡らせて外を見た。どうやら夕方のようだ。日が傾きかけているのだ。
セイランはゆっくりと呼吸し、暖炉の中で燃えている木の香を吸い込んだ。目を覚まして夕刻に出会うというのは、妙に不安な気分だった。かすかな怒りが込み上げてくる。
「あのバカ……」
つぶやくとひどい声だ。よほどせっぱつまっていたのだろうが、我慢した分の元を一日で取ろうというのは、余りにもセイランの都合を無視している。自分がすっかり服を着せられていることに気づく。無論、この部屋を訪れる時着ていた礼装ではなく、ゆったりした白い夜着だった。
これを彼はどうしたのだろう。そう考えると複雑な羞恥が込み上げてくる。身体の汚れも拭われているようだ。ランディが自分で着せたのだとしても、彼が誰かの手を借りたのだと考えても、どちらもセイランにとって歓迎すべきことではなかった。しかも、自分は誰であれ、体の奥まで拭われて服に袖を通されても目を覚まさずに、半日も眠り込んでいたのだ。
身繕いをする余力くらい残しておいてくれてもよさそうなものだ。
ランディがこの部屋に戻ってきたら何と云ってやろうかと思案しながら、セイランは、体を思うように動かせずにじっと横になっていた。
羞恥が勝って、頭に血が上っていたのがゆっくりと静まってくる。セイランは皮肉屋であったし、攻撃的な部分も人並み以上だったが、しかしそれをぶつける相手がなく、自分も身動きできないとなれば、それを発揮しようにも如何ともし難かった。
日差しは益々甘く金色になり、橙色に近くなってくる。いやというほど眠ったはずが、部屋のあたたかさと甘い日差しのせいで、またとろとろと眠気がやってきた。


そのまま眠ったのかもしれない。しかし、目を開けると、日差しの色はさほど変っていなかった。眠ったとしても数分だったのだろう。ドアがそっと開く気配にセイランは目を開けた。
彼はひどく苦労して、背中を起こすことに成功した。ランディが立っている。どこかきまりが悪そうでもあったが、起き上がったセイランを見てほっとしたようだった。
「大丈夫ですか?」
「……大丈夫だと思う?」
セイランの枯れた声を聞いて、ランディはぎょっとしたようだった。
「宮殿に行ってたの?」
溜息をついてもう一度シーツに背中を静めた。
「はい。それから寄宿舎に。セイランさん、今日アンジェと学習の予定だったでしょう」
「……ああ。……」
彼は眉をひそめた。
「まさか、アンジェリークに直接話したの? 僕のこと」
「あ、いえ」
ランディは紅くなって首を振った。セイランの横になっているベッドの横に、手に持っていたトレーを置いた。飲み物と果物を持ってきたようだ。湯気を立てている飲み物からは蜂蜜の香がする。
「俺が直接会うと、どうも……その、何か顔に出そうなんで。寄宿舎の管理人さんに頼んで伝言してもらったんです。俺からの伝言だってことは伏せてもらいました」
「ああ、そう」
有り難い。セイランは胸を撫で下ろした。アンジェリークにこんなことを知られたら、授業をするのもはばかられると思ったのだ。アンジェリークの方でも平静でいられるかどうか分からない。結果的に女王試験を妨害してしまうことになるだろう。
アンジェリークへの好意はもちろんあるが、それとは別に、仕事として引き受けたからにはきちんとこなしたい。すでに今日、無断で彼女との約束をすっぽかしたことになる。これがアンジェリークだからまだしも、レイチェルなら大変な騒ぎだろう。
「その飲み物、僕が貰っていいのかな……」
彼はきしむような身体をようやく起こしながら溜息をついた。
「あ、はい。口に合うといいんですけど。……」
香草入りの紅茶に、蜂蜜を垂らしたもののようだった。少し酒も入っている。熱い飲み物はセイランの咽喉にしみて、彼は改めて自分が昨夜どんなにいためつけられたのかを知った。
「何か云うことある?」
彼は背中を丸めてお茶をすすりながら、荒れた声でささやいた。側の椅子に坐って、緊張した面持ちでセイランを見つめていたランディは、しかし思ったほど狼狽したり、ひどく謝ったりしてセイランを怒らせはしなかった。迷うように首をかしげ、暫く黙った。
「……ミルヤムの目が、他の色だったらどうだったかな、って、考えてたんです」
「?」
「話してくれたでしょう? 聖母像を彫った彫刻家の話」
「……ああ」
セイランは眉をひそめた。
「やっぱり、黒い目を選んで正解だったと思います、俺。そうとしか出来なかったんだと思うんです」
悩みぬいた後の、諦めや割り切りの混ざり合う澄んだ目で、ランディは、セイランの青みがかった黒い瞳を見詰めた。そっと小さな声で、口にするのが怖いようにつぶやいた。子供のような顔に見えた。彼が自分をあんな目に遭わせたのだとは信じられない気分だった。
「黒い目が一番綺麗だったんだと思うんです。俺にはその気持、すごくよく分かる」
いつも直接的な云い方しかしないランディの珍しい比喩に、セイランは可笑しくなる。自分に話をしようと、やり方を変えてみたのだろう。
「出来上がったのが聖母像だろうと、悪魔だろうと、自分が一番綺麗だと思う色を選ぶしかないですよね?」
ランディは訴えるようにささやいた。セイランは溜息をついた。自分がこんなに彼に我慢強いのは初めてのことではないかと思った。結局、自分はこの若い守護聖の望みをかなえてやりたいのだ。
「で、つまりどういうこと?」
からかうように返すと、ランディは目を伏せて紅くなった。
「ランディ?」
そして彼の望み通り、敬称を省いて呼びかけると、ランディはふと、花が咲いたように笑った。そして、恥かしそうに早口でささやいた。
「好きです、セイランさん」
セイランは、ようやく満足して、飲み物を置いてまた横になった。慎重に寝返りを打ち、ランディに背を向ける。
「僕は青い目の方が好きだよ」
不安そうなランディに向かって、痛む咽喉をかばいながらささやいた。
そしてこれからは彼に、なるべく昔話などするまいと自戒しながら、かすかに笑った。

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