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モーニングメニュー(2001年5月)

01 21 *2009 | Category 二次::DEAR BOYS・石井×三浦


続き




 三浦は、くすぐったいような、熱いような感触に目を醒ました。
 カーテンの隙間から、早朝の青っぽい光が入っている。
 首筋にふっとあたたかい息がかかった。何が起こっているのか、一瞬理解できなかった。熱く乾いたてのひらは暫く腰骨の上にとどまって、皮膚につつまれた骨の鋭角な角度を指先で確かめていたが、やがてそこを越えて、するりと下腹に落ち着いた。薄く削げた下腹の皮膚を探った後、大きなてのひらにストレートに握り込まれる。きゅっと指先に力が入って、とろとろとおだやかな眠りの中を漂っていた背筋に、熱い刺激が走り抜けた。背筋が瞬間的に少し反った。
「……っ何してるの……」
 とがめるような声が漏れた。寝起きのせいで声がかすれてしまった。まるで誘っているような声が出て、しまった、と思う。彼の隣で眠っていた大きな体は、とうに起き出して活動態勢に入っていたらしい。シーツの上を石井の身体が擦る音がして、密着するほどではなかった二人の身体がぴったりと触れ合った。太腿の裏側に石井の興奮した熱を感じて、ぼうっと身体が熱くなった。
 次の瞬間、三浦の頭の中を走り抜けたのは、まずい状況で眠り込んでしまったのではないかということだった。母が帰ってくる時間を越して眠り込んでしまっていたとしたら大変だ。熱くなった身体を少し身もがいて、起きあがろうとした三浦は、しかしすぐに、母が出張で二泊留守にして、それで石井が泊まりに来たのだということを思い出した。
「……はァ……」
 思わず大きなため息が漏れる。三浦が身じろぎしたのを、自分の手から逃れようとしているのだと思ったのか、石井が後ろから抱き込んでくる。
「三浦……」
 鼻先で三浦の柔らかい髪をかき分けるようにして、耳元に顔を埋めた石井は、少し喉に絡んだ声で囁いた。その声は、最近二人の間で通用するようになった合図のようなものだった。いつも怒鳴るような大声しか聞いたことがなかったのに、湿ってかすれた、どこか甘えるようなニュアンスのあるその石井の声は、長い付き合いの中で初めて聞くものだ。本人には決してそんなことは云えないが、その声を聞くだけで身体の芯が熱くなってしまう。パブロフの犬、に自分をたとえるには、石井の掠れた声は余りに直接的な刺激で、むしろ、三浦の身体は、それを前戯の一種のように覚え込んでしまったらしい。
 三浦は目を瞑った。もう息が弾んでくる。どうしてしまったんだろう。自分のことをそう思わないではいられない。温かい身体に抱き込まれて、欲情されていると思うだけで、とろとろになる。それを隠しておこうと思う努力と、快感の中でいつも三浦はくたくただった。汗と自制と、嘘のように荒れる呼吸の中で、骨を抜き取られたようになってしまう。
 まだ身体を横にして、石井に背を向けた状態でいるのが焦れったくなって、向き直ろうとすると、石井は嬉しそうに笑って、いいじゃん、ちょっとそのままでいろよ、などと云う。
「何……?」
「いいからさ」
 シーツについた腰と腰骨の段差に僅かに出来た隙間に腕を差し込み、石井は両腕を三浦の身体に回して抱きしめた。左腕に三浦の体重がかかる不自由な姿勢を気にもせずに、その押え付けられた手で、また下腹を探る。
「手、痺れない……?」
 殆ど喘ぐような声になってしまった。実際に触られる快感だけではなくて、興奮のせいで、膝のあたりにまでぴりぴりと甘い感触が走った。
「平気」
 後ろから抱きたいのだろう。うなじに唇をかすらせて舌先をつける。動脈の上をずっと耳元の方まで舐め上げられて、どうしようもなく身体が震えてしまった。それはいく時の痙攣のような動きになって、三浦のまぶたを熱くした。
 耳元をしゃぶられる。興奮したように三浦の耳を舐めながら、石井が鼻にかかった息を漏らすのが聞える。それは大きな犬を思わせてやはり少し可笑しい。
 震えて力の籠った身体の中に、不意に指が潜り込んでくる。
「あっ……」
 三浦は自分の身体に回された腕を握りしめる。
「ちょっと……」
 昨日二回石井を受け入れたが、その後すっかりシャワーで洗い流して、そこには湿り気は残っていない。服を着てベッドに潜り込んだ後、石井が手を伸ばしてきて結局脱ぐことになったが、そのときはお互いに前に触れただけで、そこは使わなかった。しかも眠って鎮静した体はすっかり乾いていて、石井の指も受け付けなかった。
 背筋を粟立てて軽い痛みに耐える三浦を見て、石井が不承不承体を起こした。手を伸ばした先にあるハンドクリームの瓶を見て、三浦は一瞬、かっと顔を熱くした。それは母のものだった。本当はこれに母のクリームなんて使いたくはない。罪悪感がなかったら嘘だ。だが、昨日は一回目を台所の椅子の上でしてしまって、テーブルの近くのボードに母が置き忘れたクリームしか、すぐ手が届くところになかったのだ。
 二度目は部屋でしたが、石井はそのクリームを持ってきてしまっていた。
 それから朝、ここでまたそれを使うのは、正直かなり抵抗を感じた。だが、三浦も正直そんなことを云い出すことの出来る状態ではなかった。もうベッドから降りたくない。
 硝子の瓶の蓋が回る音、粘りけのある濡れたものをすくいあげる音が耳を刺激する。三浦の足を開かせて、石井がもう一度そこに指を埋め込む。
「……う、ン……ッ」
 たかだかクリームの力を借りただけで、指は嘘のように奥まで滑り込んだ。思わず締め付ける三浦の緊張を押し破るようにして、指は何回も行き来した。指で体の中を刺激されると、あっという間に前がはりつめてくる。石井が、後から乗り出すようにして三浦の顔を覗き込んだ。
「すっげ……色っぽい」
 ため息まじりにそんなふうにささやかれて、三浦は耳まで赤くなった。
 背中に触れた石井の胸の中で、心臓が破裂しそうに高鳴っているのが分かる。石井の全身にゆきわたった興奮の粒子が、脳内麻薬を分泌させ、感覚を鋭敏にして、普段決して器用とは云えない指先に直感と繊細さを与えるのだ。
 脈拍を感じるのは胸だけではなかった。三浦の体に密着した手首や肘の内側からも、胸から感じるほどではないが、石井の鼓動を少しの時間差と共に伝える脈が伝わってきた。筋肉は脈拍を伝達する送電線のようなものだ。石井の体脂肪率がほんの数%で、二桁を割っていたことを思い出す。この大きな体は、本当に筋肉と大きな骨と、情熱だけで構成されているのだ。
 体熱を脂肪で保つことのない体。全身を覆った筋の緊張と弛緩で作り出した、いつも新しい熱がいっぱいになった身体だ。


 充足と安心感が違うのだということを、彼は石井と触れ合うようになって初めて知った。
 いまだに、三浦に一番の充足を与えるのは、藤原の関わるバスケだ。初めて解く難しい応用問題がすっきりと解けたような、一枚だけピースをなくしていたパズルが完成したような、そんな感じがあるのだ。自分の心があるべきところにきちんとある、それを一番確認出来る場所であり、シチュエーションだった。
 しかし石井といる時ほど安心出来ることはなかった。石井の温かさ、無骨さ、こちらを傷つけても全身をぶつけるようにして悔いるシンプルさは、知らない言葉を聞くように新鮮だった。涙さえ浮かべて、震えながら心の修復をこころみる石井の熱が、三浦を心身と共にくつろがせた。裸の身体や心をさらけ出しても、決して彼に深刻な傷を与えられることはないという、自分らしくない信頼感があった。


 頬が熱くなり、喉の窪みにせっぱつまった汗が浮かび始めた。
「石井……っ……」
 自分がねだるような声を出したのが分かった。語尾が甘く上擦る。本当は恥ずかしい。だが、そんなことを石井が気にしていないことは分かっている。今までしたことのないことをするようになって、お互いの知らなかった声や腕を知るのは当然だ。三浦の声に反応して、石井がひどく熱くなるのが、触れた感触で分かる。
「いい? 三浦」
 息を乱した石井が逆にそんな風に訊ねてくる。聞くな、と云ってやりたかったが、憎まれ口を聞く気力がなかった。
 彼はふるえながらシーツに顔を埋め、はっきり分かるように無言で肯いた。
 そして、熱の心地よさを知ってしまったいたたまれなさと甘さをなだめるのに、シーツの無機質な青白さは、丁度適役だと思った。


   

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