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S01_10_夢見る頃を過ぎても

03 01 *2013 | Category 二次::幽遊・幽×蔵他(蔵馬中心)

お正月の。

続き





「そういえば最近、あんまり夢自体見たことがなかった」
 珍しく閉口した顔で、何かを思い返すように、蔵馬は一度まばたきした。話を聞きながら、幽助は缶コーヒーのプルタブを引き抜いた。息が白くなる。かなり寒い。
 確かにこの狐は、あまり悪い夢にうなされるタイプには思えなかった。何ごとも能率重視タイプで、自分の感情さえ基本的に贅肉を落とし去って、すっきりと醒めたタイプなのだ。
 受験中の桑原君いわく、
「蔵馬って国会図書館みてえな奴だよな」
 ということである。
「国会図書館だ?」
 何が国会図書館かというと、公共性が高く、来る者を拒まず、ドアがあって手順を踏めば誰でも中に入れてくれるが、時間が来たらきっぱりと締め出されてしまう。内部には膨大な資料がきちんと整理されてファイルされ、全ての事項がその収容対象になる。彼の興味対象外のものはほとんどない。
 普通の図書館では滅多にお目にかかれない柔らかい椅子があるが、それは実は誰のものでもない。
 桑原は、元々ヒト様のおなかの底にひそむ本質みたいなものを掘りおこすのがうまい人で、この、「国会図書館」発言も実に的を射ていたが、彼がもう一歩分かっていないところがある。
 実は、この国会図書館にはVIPルームがあって、実はここに入れる『特別』な対象はたくさんいるのだ。もちろん、桑原もVIPルームに入る権利を得た人の内の一人だ。
 彼のこの発言からも、この数年間というもの、彼がいかに真面目に学生していたのかを察せられようというものである。
 幽助は、桑原の科白を聞いた時、ふうん、そんなもんかね、と思ってスルーしてしまった。図書館通いの習慣のない彼には、図書館のあの整然と美しい、けれどちょっとばかりよそよそしい空気が、感覚的に理解できない。

 ところで、国会図書館南野秀一こと妖狐蔵馬は、最近夢見が悪くて悩んでいる。
 悩んでいるといってもさしつかえがないだろう。
 美人の南野君は、公園のベンチでがっくりと座っている。
 幽助は彼の前に立ってコーヒーを飲みながら、もうすぐ成人式(笑)の狐の悩みを聞いている。ちなみに蔵馬は、もちろん成人式は行きますよと云ってニコニコしている。彼にすれば、ささやかに二十年生きて、さあ成人したよといって、エラい人が演説しに来たりする、あの行事が面白くてたまらない。逃してなるものかという感じなのだろう。この、面白がりで一見若い美貌の狐の本質は、とてつもない趣味人の爺さんのようなものである。人間とは人生時間が二桁違う。
 千年生きた彼は、「成人」したら選挙権だって持ててしまう。これが面白くないはずがない。(投票したい相手がいるかどうかは別だ。そもそも昭和の妖怪と呼ばれた金●氏でさえ、彼に比べたら赤子のようなものなのだ)
 それはさておき夢である。
 蔵馬は夢を見る。
 実のところ、純正妖怪時代の彼は、ユメというものを見たことがなかった。もしかしてそれは妖怪の体質的なものなのかも知れない。だから、南野志保利の子宮の中で胎児の身体に閉じ込められて初めて、現実でなく、作為的につくられた幻でもなく、誰もが普通に見る夢というものに洗われた。つくづく人間というものが面白いと思う一因でもある。
 産道をくぐって産み出された後、南野秀一の身体は母親の夢を見た。
 一日をほとんど眠りに費やす赤子のからだが、空腹を覚えれば、漠然と甘く柔らかいものとしてとらえた母親のイメージを何度でも眠りの中で反芻するのを、彼は不思議な気分で南野秀一と共に味わった。乳の匂いのする赤子の甘い意識に飲み込まれないようにするのに苦心した覚えさえあった。
 十数年たって、ここ最近は、蔵馬はほとんど夢を見なくなった。より妖怪に近づいて、もう彼はほとんど人間とは云えない体質になった。南野志保利のことを考えるといささか身の縮む思いをするが、とりあえず、確実に妖化している。
 しかし、夢に悩まされてここしばらく、彼の眠りはあまり静かとはいえない。
 ちなみに今日、彼ら……蔵馬と幽助は映画を観に行った。勢いのいいいわゆるお正月映画で、別に見てもいいし、見なくても一生にそれほど影響のないような映画である。
 最近しばしば、こういう風に町中に一緒に出る。
 相も変わらずネクタイの似合わない女顔のサラリーマンと、魔界の父親の血もこれだけ濃く引いているくせに人間界の父親の血もしっかり引いて、ちゃくちゃくと遊び人になりつつあるラーメン屋は、時折連れ立って、何となく遊びに行く。
 困った話だがそれで楽しい。
 緊迫感あふれる数年間を経て、すっかり大人になってしまった二人は、実のところ、何となく休日暇な時、一緒に過ごすことの多い仲になっていた。
 蔵馬は相変わらず昼まで花屋のバイトだった。就職して、社長兼義父のおスミ付きで花屋のバイトを兼ねること一年。忙しくないとやっていられない損な体質になってしまったのである。蔵馬がバイトをひけた後二人は待ち合わせ、その何てこともない娯楽映画を見に行った。映画をそれなりに楽しんでいた幽助は、隣の席から聞こえてくるかすかな息づかいにふと振り返ってびっくりした。
 蔵馬は、静かな寝息をたてて熟睡していた。
 この、転んでもただでは起きないタフな狐が、盗みもせず殺しもしない地道な稼ぎの中で買った映画の切符を、ただ眠るために使うはずはない。
 幽助はさすがに少し驚いた。
 ちなみに彼は、蔵馬がさあ眠るぞ、というタイミングでないのに眠り込んでしまうのを見たのは、四年ばかり前、蔵馬のトラブルの処理のために房総に出かけた時だけである。
 特に体を壊している様子でもないし、好きな作家でも新しく出来て、一週間ばかり徹夜で百冊ばかり読み続けたとか、そんなところだろうと思った幽助は、あまり気持ちよさそうに寝ているので、起こしもせずに寝かせておいた。
 三十分もしない内に熟睡して、一時間半たっぷり気持ちよく眠った蔵馬は、案の定起きてから少しショックを受けた。


「ひどい。……」
 彼は、映画館の外に出てちょっとぼんやりしてした。
 ため息をつく。
 それから、夢の話になった。
「最近、やたらにたくさん夢を見るんですよ。この一か月ばかり」
「夢?」
 ちなみに幽助もほとんど夢は見ない方である。
 解せない気分で聞き返した。
 夢を見ないというよりは、夢は見ているのかも知れないが、別段、起きて特別に夢を味わい直すこともないため、忘れ去られているだけかも知れない。夢というのはそうしたものだ。特に印象に深いものでなければ記憶には残らない。十数年たっても覚えていられるようなものもあれば、ほんの数分で消え去るようなものも多い。感受性の鋭い、自意識の強い人ほど夢を見やすい。彼岸と現世を往来する彼らにすれば、特に自己の快楽だの本質だのの岸辺に立つ必要もなく、それゆえに現実以外を少しずつそぎ落とす体質に変わって来ていた。
「そうなんですよ。中には面白いのもあってね」
 蔵馬は、一瞬にやっとした。やや自嘲的な笑みだった。
「何だか結構な金額をはりこんでホテルのバイキングに行くんですけど、行ったら秋刀魚しかなくてね」
「サンマ……?」
 何の話だろう。
 幽助は思わずコーヒーを吹き出しそうになった。
 何年つき合っても何を考えているのか今イチ分からない奴。
「そうなんですよ。もう他のものがすっかりなくなってて、秋刀魚を目の前で焼いてくれるんですけど、大根おろしなんか『新鮮なままお召し上がり頂くために』とか何とか云って、セルフサービスでおろすんですよね」
「お前、何の夢見てんだよ。……」
 幽助は、笑いを通り越して呆れて蔵馬の綺麗な顔を見た。髪が長くてちょっと見に音楽系みたいな綺麗な兄ちゃんが、真面目な顔で秋刀魚の夢の話をしているのである。
「妖狐蔵馬は秋刀魚の夢を見るか」といったようなものであるが、彼はふっと軽いため息をついて、
「せつない夢でしょう」
 と、話にオチをつけた。
「せつない夢、じゃねーよ」
 その後、蔵馬は、その夢は会社の同僚の女の人の話にどうやらインスパイアされたものらしいということを白状した。何にでも興味を持つ性格が、こういうところで弊害になって現れて来ているとも云える。ちなみに蔵馬の夢は総天然色の夢らしかった。このひとつきほど、彼は毎晩、平均二つから三つほどの、数日たっても覚えていられるような、はっきりした夢を見続けているのだそうだった。
 先ほどの秋刀魚の夢は、そのなかのひとつらしい。
 夢というのはほんの一瞬に見るものだから、夢を見ては目を覚まし、見ては目を覚まし、というのを繰り返していて、かなり寝不足がたまっているらしいのだった。
「それにしちゃぐっすり寝てたじゃねーか」    
 蔵馬は少し考えてうなずいた。
「そういえば、そうですね。久しぶりに夢を見ないで寝たな」
「枕が合わねえ……って、いう感じじゃねェよな、お前」
「そういう経験はしたことないですねえ」
 夕刻の公園のベンチにかけて、寝不足の蔵馬は少し考え込んだ。
「ここ何日か、夢が統一されて来て、だんだんパターンが決まってきて」
「パターン?」
「そう」
 蔵馬はうなずいた。初めて少し真面目な顔になって、ちょっと噛みしめるように呟いた。
「太陽……」


 総天然色の蔵馬の夢は美しい。
 太陽を意識した夢のはじめは、海と空、燃えるような青の美しい夢だったのを覚えている。その夢の中で、彼は妖狐であるところの「蔵馬」ではなく、「南野秀一」でもなかった。
 軍艦のような、広々とした鉄の甲板を持つ船に彼は乗っている。
 どうやらその黒い船は、飛来するものから逃れて海に出た人たちを乗せた船のようだった。彼は船の中の一室で、どこか見覚えのある若い男と向かい合い、その船を捨てるべきだと説いていた。沈みかけた船を捨てることは、何ら恥じることではないのだと説いた。
 ……オレには出来ない。
 その言葉に男は応じなかった。
 ……オレは最後まで奴等と戦うだろう。
 そして、
 ……お前は生きろ。
 とも云った。
 彼は部屋を出て、甲板から空を見晴らした。空はショッキングに鮮やかなターコイズだ。
 その鮮やかな青い空は一面に、目を灼くような真っ白な帆船を浮かべていた。
 蝙蝠の羽のような形の白い骨に色とりどりの帆を張った白い帆船は、不吉にあでやかで美しかった。
 彼は船を捨てるかどうか再び迷った。飛来者の帆船は徐々に下降し、甲板に、緑色の水掻きを持った男たちが降り立ち始めた。抵抗する術のない人々が、虚しい努力で築いた粗末なバリゲードの影から、彼は再び空を見上げた。帆船の向こうに巨大な太陽がある。太陽は白く膨れ上がり、帆船の白い胴体と帆の骨組みがそれを反射して獰猛に輝く。
 彼が先刻話していた男の部屋の方角から、何発か、果敢ない抵抗を示す銃声が立て続けに聞こえて来た。そしてそれは突然やんだ。幻聴なのか、短い叫びが聞こえたようにも思った。
 太陽はますます膨張して、ついには目を開けていられなくなった。
 今目を閉じたら、楽になれるだろう。この船と運命を共にして。
 そう思った。網膜を灼かれた。それはむしろその後の苦しみを想像すれば、賢明な選択ではないかと夢の中の彼は思う。
 しかし彼は目を閉じることが出来なかった。
 太陽の夢のそれがはじめだった。
 夢自体が異色だったため、その夢の中で際立っていた要素が太陽だったということは、しばらく分からなかった。
 しかしその後に何回か見た夢の中で、必ず共通して現れる要素が太陽なのだと気づいて、彼は時間のある時は、夢を書き止め始めた。夢の量は尋常ではなかった。
 しばらくして、夢は一貫性を帯びて来た。
 太陽に彼が触れる。
 それが共通した。
「こう、腹のところにね」
 蔵馬はみぞおちのあたりをてのひらで押さえて見せた。
「こうやって押さえつけているものがあって、それが金冠蝕の状態の太陽みたいに中が真っ黒で、周りが燃えるみたいな金色の輪なんですよ」
 その夢を何回も見るのだ、と蔵馬は云った。
 幽助はうなずいた。
 どこか意味のありそうな夢である。
 どことなく蔵馬の見るのには似つかわしくないようなエキセントリックな夢だ。
「眠りたくて眠れないなんて、あんまりないことだったから、少し参ってるかも知れない」
「さっき眠れてよかったな。もしかして、人のいる場所の方がよく眠れるんじゃないか?」
「そうかもしれませんね」
 蔵馬はうなずいた。伸びをした。
「少しすっきりしてる」
 そう云ってふと幽助の顔を眺めた。
「キミも眠そうだけど?」
「そうか?」
 幽助は素直に、その言葉に触発されてあくびをした。彼の方は、昨日別口の友人と朝九時まで飲んだあげくに、眠っているところを昼過ぎの蔵馬の電話で起こされて出て来たのである。
 彼は蔵馬の誘いは滅多に断らなかった。
 ベッドとハカリにかけて、明らかに誘いを取る仲だということだろうか。
 しかも、この二人の場合、時々はお互いがベッドと共存する便利な仲なのだ。
「人がいた方が眠れるんだったら、うちに寄って、ちょっと寝てくか? たぶんうちのオフクロもいるけどよ」
 浦飯温子は今年三十三歳になった。世間様の厄なぞ彼女にはよりつきもしないだろう。
 最近ますます精力的ないい女になった温子は、しかし十八の息子の母親にはとても見えない。
 蔵馬はしばらく考え、うなずいた。
「じゃあ、お邪魔します」    
 この間の夏、八か月ぶりに夜を共にしてから、実はまた間がガンと空いている。幽助自身が枯れたんじゃないかと危惧していたが、それは無理のないところだ。蔵馬は元々するならそれでもいいし、しないならそれでもよし、というタイプなので、さしてそれは二人の間では問題になっていなかった。
 会う回数は増えたのに、そういうことが減って来てしまって、妙な感じである。倦怠期というには、頻繁に会う状態が続いている。とにかく二人は立ち上がり、映画館から歩いて十分たらずの、幽助のマンションに向かった。

 温子はいた。
 出かけるところである。口紅を片手に顔を出した。
「蔵馬君、久しぶり」
 ある意味では息子より更に豪放磊落な浦飯温子は、幽助の髪質そっくりの長い黒髪をかきあげて、ダイニングに置いた鏡に向かって、再び化粧を始めた。息子の友人の前で口紅を塗るなんてことに羞恥心を覚えるような人ではない。
「どうも」
「あんたも忙しいのに、よくこのバカと遊んでられるね」
「今日はオレが誘ったんですよ」
「だから物好きだって云ってんのよ」
 温子は綺麗だがどこか少年っぽいスレンダーな女で、背が高く、男物のコートなんか着せると奇妙に色っぽい。バーバリを羽織って、あざやかな赤の口紅で温子はにっと笑った。
「こんな奴と遊んでないで女作んなさいよ」
「……」
 冷蔵庫をあさっていた幽助は、蔵馬にビールを放りながら振り向いた。
「いいから早く出かけろ、ババア」
 温子は幽助の後ろ頭を拳でガツンと一発殴った。 
「苦労して産んでやったてめえにババア扱いされる覚えはないよ」
 温子は脚を上げてストッキングのずれを直した。
「てめえはうるせーんだよ」
 幽助はビールのプルタブを抜き、ダイニングの椅子に座り込んで一口あおった。
 彼はババア、と云うたびに温子に殴られるが、しかし、殴り返されることも半殺しにされることもなく幽助を思い切り殴れるのは、この世界広しと云えども、温子と螢子くらいのものだろう。女と云えど容赦はしない、ときっぱり云い切る幽助も頭の上がらない女性陣だった。
「じゃあ、いつか帰ってくるから。蔵馬君もバイバイ」
 そう云って、赤いマニキュアを塗った爪の手を振って、温子は十センチ近くあるようなピンヒールで軽やかに出て行った。
「ほんっと凶暴なんだからよ、あの女」
 蔵馬は思わずははは、と笑った。幽助に凶暴といわせるのはなかなかに凄い話だ。
 立ったまま、幽助に手渡されたビールを開ける。
 その瞬間、プルタブに奇妙な負荷がかかり、中身が勢いよく吹き出して来た。蔵馬は咄嗟に身体を避けた。だから彼は手に飛沫が少しかかっただけで、主にそれは幽助の頭上に真っ向から降り注いだ。
「……」
 幽助はビールで濡れた前髪を掻きあげて、情けない顔で蔵馬を見上げた。眉がほんの少し、ほんの少し険悪になった。
「お前、振ったのか?」 
「え、いや……少なくとも、自分では覚えがないです」
 蔵馬はビールでしたたかに濡れた幽助を見下ろした。
「オレかな。だったらすみません」
「やっぱ、おまえちょっと変だぜ。寝てねえからぶっ壊れてんじゃねえの」
 幽助は手にかかったビールをちょっとなめてみた。閉口したように濡れた服をつまみあげる。
「……オレ、ちょっと風呂入って流してくるわ。お前、寝てろよ」
「はあ。……」
 蔵馬は手を洗い、振った覚えはないが確実に中身の減ったビールの残りをそれでも飲んだ。この状態ではそれほど旨いとは云えない。幽助は寝ろと云ったが、さすがに先に眠りにくく、幽助がシャワーを使っているのをぼんやりと待っていた。
 波に揺られる。
 眠い。彼は床に横になった。天井を見上げる。天井の白さに、あの帆船の夢の太陽の白さを思い出した。あの夢に意味はあるのだろうか。
 太陽。
 今、自分にとって太陽に匹敵するものというと。色々と思い当たるような気もしたが、全部はずれているようにも思える。
 断片的なイメージが駆けめぐった。魔界には存在しない天体。
 まだ南野秀一として生まれる前、人間界に来た時、太陽を見てどこか衝撃を受けたのを覚えている。太陽は、随分と美しいものだと思った。あれを盗み出せないだろうか、とそんな埒のない考えを楽しんだ。
 いつの間にか眠ったようだった。
 やはり夢を見た。夢の中で、彼は以前見た夢について思い出していた。夢について考える夢と、ただ見る夢とが多少混ざりあったような夢だった。
 

 以前、トラブルでかなり具合を悪くした時、その期間彼はしばしば幽助と眠った。
 状況的にせっぱ詰まっていた反動のように、何回も繰り返し夜を共有した。
 その夜の中の一日、光にうずまった夢を見た。光につながったさまざまなイメージを重ねた夢で、最後には目を開けていられないほどまぶしい白光に身体中をあたためられたようになって眠りから覚めた。
 目を開けると幽助がいた。      
 はっとするほど近く、無防備に眠っていた。蔵馬に霊力を注ぐために蔵馬の指を握りしめたまま眠っていた。それはどこか胸が熱くなるような光景だった。そのころはまだ、幽助は人間だった。
 非凡ではあり、重い荷物をさほど気にもしないように抱えていたが、まだ子供に近かった。痛ましく威嚇するような目の十五歳の少年だった。あの夢と、今回の一連の夢とは、イメージが共通しないこともなかった。
 ただ、同じ太陽をモチーフにしながら、どこか影の要素を帯びていた。そして、また金冠蝕の黒い太陽に触れる夢を見た。
 しかし今日の夢では彼は、それを離さないように押さえつけてはいなかった。彼のすぐ頭上にそれは逃げずに浮かび、華やかな紅いプロミネンスを見せて燃え盛っていた。
 彼は手を伸ばした。
 それを引き寄せようとするのではなく、ただ触れるために触れた。手が触れて間近に熱さを感じた瞬間、甘い匂いが鼻をくすぐった。
(?)
 彼は目を開けた。
 すると、頂度三年前の時と同じように、幽助が間近に眠っていた。
「……」
 蔵馬は起き上がった。幽助を見下ろした。自分が、太陽に触れたと思った右手が触れたものが、どうやら幽助の肩だったらしいと云うことに彼は気づいた。今感じた甘い香りは、まだかすかに湿ったままの幽助の髪の香りだった。シャンプーが切れたか何かで、温子のものでも使ったらしい。明らかに女物の香りだ。
 彼は苦笑した。
 座って、幽助を見下ろした。
 床の上で数時間眠ったらしかった。
 外は暗くなっていて、部屋の時計の夜光の文字を読むと八時を過ぎていた。
「幽助」
 声をかける。
 幽助のまぶたが震えて彼は身体を返した。
「……ああ、寝ちまった」
 幽助は起き上がった。彼らは、さすがに床の上に少しの間転がっていたところで身体に痛みを感じるとかそういうことはない。のびをして明かりをつけると、インバーターの白い光に目を射られた。
 蔵馬は今し方見ていた夢について思い出していた。
 何となく夢の意味が分かってしまった気がする。彼は、珍しいことに軽い羞恥心を感じて、考え込んだ。
「どうした?」
 幽助が髪をかき上げながら伸びをした。    
「寝れたか?」
「夢は見ましたけど」
 蔵馬は思わず正直に応えた。
「やっぱ、おんなじ夢か?」
「そうですねえ」
 幽助が隣にいると見る夢、幽助に変えられてしまう夢。
 自分がどんなものを欲しがっているのか、かなりはっきり映し出した夢ではないだろうか。 しかもたとえて太陽とは。
(さすがに抵抗があるな)
 苦笑する。
「どうしたんだよ。寝足りないか?」
 考え込んだ蔵馬の顔を幽助が覗き込んでくる。
「うーん。足りたような足りないようなって感じですか」
 蔵馬はまたしても彼らしくもなく、要領を得ない返事をした。
「……」
 幽助は蔵馬の顔を黙って眺めていたが、おもむろに手を伸ばし、彼の胸元のボタンをひとつはずした。
 蔵馬が見下ろすのを、うなじをちょっと押さえて、首筋に歯を立てた。それほどの痛みではなかったが、蔵馬は驚かされた。
 最近の幽助の行動パターンではなかったからだ。以前はこういうことはよくあった。さすがに幽助も勢いの時期だったのだと思う。
「オレたち、運動不足なんじゃねーか? 運動しようぜ」
 幽助は平静な顔でそんな科白を吐いた。
「オレ、たち?」
 蔵馬はたち、の部分に力を込めてその科白を繰り返した。
「たち」
 幽助は蔵馬に伸び上がってキスした。彼のキスは前から思っていたが、こちらの気持ちを掴むこつを心得ている。
 流される、というよりは、ほだされる、に近い。
 強引ではなく、丁寧でソフトだ。誰に教えられたのだか。
 蔵馬はかがんで、太陽に触れる思いでキスを返した。明日はやはり花屋でバイトだが、それでよく眠れるなら何の支障もない。
「たち、ならお礼は云わなくていいのかな?」
 腕にやんわりと力を入れて幽助の背中を抱きしめてみる。肌の熱い子供だった幽助は、いまだに小柄で少年の外見だが、熱い体を持った男になっている。
 幽助は笑って、彼の首筋についた自分の浅い歯形に口をつけた。
(これはもう)
 金冠蝕どころの話ではなくて、月の影に隠されたりすることのない、真っ向から照りつける恒星だ。蔵馬はとてつもなく高価なものを買った気分で幽助を抱きしめた。意味が分かってしまえば夢もそうそう悪くはない。
 今晩はよく眠れそうだ。
 そういえば、明日はバイト先が仕入れの日だった。いつもより早く行かないと。

 蔵馬は再び、脱線した気持ちを、夢よりもいささか温かい現実に引き戻した。

……THE END

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