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硝子の城・7(2001年5月)

01 07 *2013 | Category 二次::幻水2青赤:硝子の城


続き





眠る前に灯りは絶えていたと思ったが、目を開けると、部屋の中はほのかに明るかった。
 カミューが、持参した灯りを燈したようだ。マイクロトフは目を開いたことに気づかれぬよう、黙ったままで、部屋に帰るための身支度をするカミューの背中を眺めた。
彼等の立場では、朝まで一緒の寝床で眠ることははばかられる。何度か身体は重ねたが、その日部屋を訪ねた者が、明け方前に自室へ帰る。たった数度、行為を共にするうちに、それは双方の暗黙の了解になっていた。
上着をまだ身につけないカミューは、かすかにぎごちない動きで、脱いだまま寝台の下に落ちた服を拾いあげている。背中を曲げると、紛れもない男の太さを持った背骨が、薄く盛り上った背筋の中央に浮かび上がった。背中は細くしまっているが、皮膚の下に充分に強い筋肉を隠しているのが、彼が腕や腰を動かすたびに見て取れる。なめらかな肌が、ほのかな灯りの中で白く光っている。腕に抱いて触れると、どこに触れても吸いついてくるようになめらかで張りのある、カミューの白い皮膚の感触がよみがえってくる。それと共に欲望が揺り返してくるような感覚がよぎって、際限のない自分をマイクロトフは戒める。
自分の部屋を訪れて服を脱ぎ、暗い灯りの中で、またその服を着けて去って行くカミュー。
 いまだに不思議に思えるその光景を、深い眠りの中の夢を見るような気持ちでマイクロトフは眺めている。本当なら夢は浅い眠りにだけ訪れるということだが、しかしこの夢は吉凶いずれの夢でもどこか寝苦しく慌しい夜明けの夢とは違った。もっと深い水の中をゆっくりと泳いでいるようなゆったりと甘い夢だ。
やがてカミューはすっかり服を身につけてしまうと、髪を撫で付け、剣を手に取った。
 彼が手に取ったのは、今朝マイクロトフが贈った、鍛冶屋テタヌスの打った剣だった。黄金と紅い宝石をあしらった華やかな拵えで、ぞくりとするほど切れ味がよかった。カミューもその剣を気に入ったようだった。彼が数年使った愛用のそれと、新しい剣を早速持ち替えたことを知って、ささやかな喜びに胸をくすぐられる。
(お前のくれた剣が戦場で共に戦ってくれる……)
 剣を贈ったとき、カミューはそういって微笑した。甘い酒のように酩酊を誘う彼の微笑みをマイクロトフは思い返す。カミューは自分が剣を贈るにあたって、何を望んだのかを汲み取ってくれたようだ。こんな男がほかにいるだろうか。
 剣を手に取って眺めるカミューの長い指が、その柄に埋め込まれたルビーの上をそっとなぞった。紋章を使う使い手ならば、そこに当然のように封印球を宿すだろう。マチルダ騎士団は紋章の使用を禁じているため、今は剣に封印球を宿す者はいない。
 しかし他の地方では、鍛冶屋は剣をこしらえる時、剣の柄に紋章を宿せるよう、小さな穴を刳り貫くのが慣例である。テタヌスの細工も例外ではなかった。
 剣士が紋章を用いるようになってからの歴史はさほど長いものではない。紋章は魔族の領域のものとされ、剣士がその加護を受けることは名誉ではないとされた。
 他国では早々に、剣技と紋章力の威力が合さった時の特殊効果が着目され、剣士も紋章を用いるようになったが、マチルダでは紋章の使用を禁じる古風な流儀が通されている。
カミューはわずかな間、剣を眺めて動きを止めた。マイクロトフから見える横顔は、剣に見蕩れているように見えた。ほのかな灯りの中で剣の柄と鞘を飾った黄金の飾りが鈍く光っていた。剣が受けた光がかすかにカミューにうつり、彼のなめらかな額に、もやがかったような金色の光を投げかけている。
カミューはかすかに嘆息し、ふとマイクロトフを振り返って、彼が目を開けていることに初めて気づいたようだった。
「起こしたか?」
「ああ……いや」
「目を覚ましているなら声をかけろ、人が悪いぞ」
笑みを含ませて冗談めかしながら、カミューは、もはや彼の身体に残る疼痛や不具合を感じさせない動きで、寝台の傍らの椅子に腰かけた。その物腰はいつも通りにゆるやかで優美だ。既に先刻までの行為の残り香はなかった。
 カミューは長い足を組んでマイクロトフを見下ろした。そこに、何か話し出そうとして云い出せない逡巡のようなものがあるのをマイクロトフは感じ取った。
「何か、話があるのか?」
心と身体とを甘く曇らせる余韻からふと醒めた心地になって、マイクロトフは身体を起こした。自分も、寝台の裾に散らばった服を拾って袖を通す。マイクロトフが身仕舞いを済ませるのを、カミューは黙って待っていた。
「ゴルドー様は、革命を起こされるようだ」
マイクロトフが話を聞けるようになったと見て、カミューはおもむろに口を開いた。
「革命を?」
穏やかならぬ言葉にマイクロトフは眉をひそめた。
「紋章を解禁しようと考えておいでのようだな」
「紋章を」
マイクロトフは繰り返した。
「ゴルドー様からお前にその話があったのか?」
「いや、わたしにもまだだ。しかし、ゴルドー様がグリンヒルから紋章師を呼び寄せているのが耳に入ったのでね。……お前は紋章を取り入れることをどう思う?」
「紋章か……」
マイクロトフは、つい今し方したのと同じ、鸚鵡返しのいらえを返した。そして、カミューが自分の答を待っていることに気づいて、首を縦に振った。
「紋章は使ってみたいものだな」
「そうか?」
カミューはマイクロトフを見守っていた目を意外そうにひらめかせた。そして微笑する。
「お前は紋章を拒む方かと思っていたが」
「いや。おれはずっと紋章には肯定的だった」
彼は、ハイランド軍の兵士と相対した時のことを思い出しながらつぶやいた。マイクロトフは年はまだ若いが、幾度も戦場に出て経験を積んだ。相手の技量を推し量ることもそう難しいことではない。だが、宿した人間の力を気味悪いほど増幅する、あの紋章の使い手を相手にすることには、いつまでたっても馴れなかった。
 相手の力量を目で読み、切りかかって行く。その途端、さほどの腕とも思えない一兵士の剣から炎がほとばしり、腕の幅が一回り伸びたように切っ先が喉元へ迫ってくるのだ。あの一種独特の感覚には反発があるが、惹かれないと云えば嘘だ。
 自分の剣に魔力で追加効果を与えることへの抵抗も少しはある。だがそれも、自分の中の魔力とそれが呼応する以上、借り物の力とばかりは云えないのだろう。
「おれに紋章を使いこなす力があるものかどうかは分からないが……お前はどうだ、カミュー。紋章を使うことに抵抗があるのか?」
「それはわたしにもないな。そもそも、グラスランドでは紋章を使って剣の稽古をしたこともある。マチルダよりもグラスランドでは、紋章はずっと馴染み深いものだった」
 さもあろう、とマイクロトフは頷いた。
 グラスランドはマチルダよりも遥かに高地にあり、沼とヒースの平原、氷雨と嵐の荒涼の大地だ。産出される自然の恵みや、天候からの恩恵を受けられないグラスランドの住民は、超自然的な力を利用した技術を駆使して、さまざまな不足を補う術を覚えていった。温暖な土地の民よりも、寒冷地の民の方が深く物思う機会に恵まれ、呪詛や望みが強くなるのは世の常だろう。
 それゆえに、荒々しく陰惨な騎馬の亡霊の兜を跳ね上げれば、そこから魔術師の青い目が覗くような、グラスランドはそういった土地柄になって行ったのだ。
 一年を通して殆ど晴れ間を見ることのない土地であるために、人々の肌も髪も色が薄く、荒れ地に花の咲いたように明るい目や髪を顕わす。カミューの透き通るような琥珀色の瞳も、赤味の強い栗色の髪も、抜けるように白い肌も、グラスランドに代々住まう者の特徴的な外観だった。しかも彼は、赤毛や金髪の多いグラスランドの人間の中では、髪の色も瞳の色も、まだしもマチルダの人間に近いと云えるだろう。
 そして彼が既に紋章を使いこなす技術を身につけていたとしても何の不思議もない。
「お前なら紋章も見事に使いこなすだろうな」
 マイクロトフの賞賛に、カミューは苦笑するような表情を見せた。
「わたしの剣は決定打に欠ける。紋章はそれを補ってくれるものだからな」
 そう答えた彼に、マイクロトフは首を振った。
「おれが云いたいのは、何でも出来る様に見えて、その陰に努力がなかったことはかつてないということだ、カミュー」
「……」
 カミューは驚いたように目をかすかに見開き、マイクロトフを見つめた。その彼の表情の変化をいぶかしむ。自分は何か的外れなことを云っただろうか。
 やがてカミューは幾ばくかの沈黙の後、その整った唇に浮かべた苦笑の陰を深めた。マイクロトフには意味の分からない、その甘苦い微笑を浮かべた赤騎士は、ゆっくりと立ち上がった。
「カミュー?」
「そろそろ戻ることにしよう。紋章についてはゴルドー様が近々話されるだろうが、我々も紋章については学ぶことになりそうだな」
「……ああ」
 マイクロトフはまだかすかに途惑いながらうなずいた。カミューの様子は気になったが、紋章のことに気持ちが逸れる。自軍の勝利のためであることは無論だが、また歯が立たないような難解な剣の世界に足を踏み入れることを思うと胸が高鳴った。
 そんな彼のこころを読み取ったように、カミューは眉をおだやかに和ませて、おやすみ、とささやいた。








 マチルダ騎士団の騎士が、紋章を用いることを解禁することを、ゴルドーが公表するに至ったのはひとつき後の新年だった。
 クラレットの処刑に関るマイクロトフの謹慎は完全に解け、彼は静かに通常の勤めに勤しんでいた。
「既に紋章の使用を指導するための紋章師を五人、マチルダに招いてある。白騎士団の中のことは儂が取り仕切る故、貴様等は口出し無用だ。貴様等の部下の下級兵士たちにどのように紋章を使わせるかは、貴様等の判断に拠ることとする。不満を持つ者にはよく云い聞かせよ。まずは騎士団長自らが紋章師の許へ赴き、紋章に対する指導を受けるように」
 マイクロトフとカミュー、二人を自らの執務室に呼んだゴルドーはそう云い渡した。
 二人はひそかに目を見交わした。
 すでにゴルドーが、自分の直属の部下にあたる白騎士たちには、一歩早く紋章の指導を始めていることが、騎士団長二人の耳には入っていた。自分の隣に並んで立つマイクロトフの目に、冷たい嫌悪の陰があるのを見て、カミューは強く懸念した。マイクロトフの気性では、自らの保身や出世のために、この先もずっとゴルドーへの嫌悪を飲みこむことは出来ないだろう。
 これからことあるごとにゴルドーとぶつかるようなことになれば、いずれマイクロトフは騎士団を追われる。
 自分の友人でもある青騎士団長は融通のきかない男であり、ある意味では指導者としての適性に欠ける部分もあるが、ゴルドーの狡猾さとマイクロトフの潔癖さが相殺し合って、騎士団の中の均衡が保たれているのは確かだった。マイクロトフが失脚することはマチルダ騎士団の未来のために大きな損失であり、そして、赤騎士団長であるカミュー個人としても、少なからぬ痛手であった。
 マイクロトフが騎士団を去れば、その後を継ぐのは、今度はゴルドーの意思を強く反映して者が選ばれることになるのではないか。その騎士団にとどまるのは自分にも苦痛だろう。
 昨今のゴルドーの、我欲を通すことへの偏りは常軌を逸して思えるほどだった。彼をそれなりの傑物と思ったこともあったが、白騎士も老いたのだ。カミューは内心思う。
 黒々と押し殺した感情を目に光らせて沈黙する友人を再び眺めやる。彼が怒りを顕わにしているよりも、最近の鬱積した様子はかえって危機感を孕んでいるようにカミューには見える。
(短気を起こしてくれるなよ)
 祈るような気持ちでカミューは思う。
「承知しました」
 しかし、感情を殺した冷ややかな声で先ず応じたのはマイクロトフだった。
「早速向かいます」
 カミューはほっとしてマイクロトフの言葉に付け加える。
「自分が強くなることでなく、貴様等が紋章を用いることで騎士団の利益になることのみを考えて、軽挙は慎め」
 ゴルドーは巨きな身体を揺するようにして云った。それはあきらかにマイクロトフへ向けられたものだった。
 隣に立つ青騎士の大柄な身体から、再びかすかな苛立ちの火花がこぼれ落ちるのが解る。
 そしてカミュー自身もゴルドーに明確な嫌悪を抱いた。彼は退くべきだ。しかし老いに差しかかった権力者は、その権力の肉厚なこころよさゆえに、決して自らその椅子から立ちあがることはないだろう。ゴルドーも当然のように、自分を退かせようとする者を切り捨てて、絹張の椅子の座り心地にこだわるだろう。自分たちが騎士になった頃、こんな男が既に最高位の騎士団長の椅子に座っていたのがそもそもの不運というものだ。
 老いた白騎士は戦いでも先陣を切ることはなくなり、戦役で没することも望めなかった。
 彼はそっとため息をついた。マイクロトフの様子を伺い見るが、彼は何も感じていないような冷ややかな顔で空中の一点を見据えていた。
 近頃しばしば見かける、葛藤という名の中空の敵と戦っていた。







 ゴルドーの許を辞した二人は、その日の午後、ロックアックス左翼に新設された紋章師たちの施設に赴いた。
 マチルダ騎士たちに紋章の指導をするためにグリンヒルから送り込まれて来た紋章学者たちの長は、若い女だった。
 入室の許しを得て三階の南の部屋に入ると、紋章師の着る深緑色のマントに身を包んだ女が封印球を前に座っていた。部屋には特別な硝子で作られた封印球がところ狭しと吊るされている。絹糸で編んだ網に包まれた数百個もの硝子の球が、部屋の天井から絹紐で吊るされているのだ。部屋には暗紅色のカーテンがつるされて直接封印球に光があたるのをふせいでいるが、カーテンの隙間から入る陽光の筋の中でも、数十個の封印球が燦々ときらめいている。
「騎士団長様ですか」
 女は顔をあげた。二人は瞬間言葉を失った。紋章師の長は、全身をプラチナで細工したような美しい女だった。長いプラチナブロンドが陶器のような肌の上を雲のように包み、瞳だけが蛇のように美しいみどり色をしている。白銀色の髪が、マントの緑色に映えてまた見事だった。マントの下に、乳房が透けて見えるような薄い白絹の衣装をつけていたが、不思議と女から淫蕩な匂いはしなかった。優美なその身体に、その美しさと相反するように骨太な強さがある。しかし、いずれにせよ息苦しいような美しい女だった。
「騎士さま?」
 女の紅い唇から、低くしゃがれた、しかし蠱惑的な甘い声が漏れ出してくる。
 紋章師の呼びかけを黙殺したことに気づいて、二人はいささか狼狽して自己紹介をした。カミューが女性にこういった物慣れない反応を見せることはほとんどない。カミューでさえこの女の美貌には圧倒されたのだろう。
 二人の名を聞いて紋章師はうなずいた。
「お座りください。わたくしはジーンと申します。グリンヒルの紋章師の長をつとめております」
「まさかあなたのように美しい方だとは思いませんでした」
 カミューのいささか軽薄な賛辞に、紋章師はにこりともせずに目をあげた。
「なぜですの。美しい女はドレスにしか興味がないとお思いになっていらっしゃるの」
「まさか……」
 カミューは苦笑した。この女性賛美はカミューの渡世術でもあったが、おおむね彼の癖ともいうべきものだった。彼に執着するマイクロトフが常日頃苦々しく思っている部分だ。しかし、さすがにこの女を前にしては、マイクロトフも自分が同じことを考えていたことを認めざるを得なかった。
「それとも女だからかしら?」
 紋章師は、座り直しながらにっと笑った。
「紋章師に関して云えば、女の方が魔力が強いのは当たり前ですのよ」
「それは何故でしょうか?」
「そういう生き物ですもの。女には月の相が、男には日の相が強く出るものです」
 二人は、女の話に引き込まれるのを感じながら、女の前に椅子を引き寄せて座した。
「月の相ですか?」
 カミューが尋ねる。女は頷いた。
「それは或いは、隠秘の相と顕示の相と呼んでもいいものです。月の相は魔力を収斂しながら中心へ満ちてゆくもの、日の相は魔力を拡散しながら欠けてゆくもの。ひとの肉体の力を日の相とするなら、魔力は月の相、ひとの中の昼と夜、そうお考え下さい」
 紋章師は低い声で話しながら、先ずカミューへ目を向けた。緑柱石の瞳が、品定めをするように彼の姿を見つめている。大抵の女性に威力を発揮するカミューの美貌にも、紋章師は関心を抱いた様子はなかった。
「お手を貸してくださいな」
 そういって、差し伸べられたカミューの右手を押しとどめて、左手をひろげさせた。
「むろん女の中にも日の相の強く出る者、男の中にも月の相の強く出る者、それぞれです。紋章を宿す際には、その相を見極めて、更に属性を見極め、己の性質と近いものを宿す必要があります」
 薄緑色のマニキュアーを施した華奢な指が、男のような力でカミューの手を握り、指を深く絡め合わせた。かきよせるように指の上をひとまとめになぞり、ついで手首に触れた。手首の上に己のてのひらを押し当ててじっと黙っている。
 きらきらと耀きながらさまざまな色彩を見せる封印球の中で、緑色の宝石と白金で作った蛇のような女とカミューが向かい合わせて座る様子は美しかった。部屋の中は暖められて汗ばむほどで、マイクロトフは集中力をかすかにそがれて、白昼夢を見るように彼らの姿を見た。
「赤騎士様は月の相の強い方のようですわね」
 紋章師は、低く喉声で笑った。
「それも最近になってとても強くなっておられるようですわ。貴方様なら額に紋章を宿すこともできるようになるでしょう」
 カミューは何を思ったのか微苦笑を見せた。
「額に、とは?」
「魔力は使ううちに育つもの。剣の腕と同じことです。額に宿す紋章は最も強い魔力を発揮しますけれど、魔力の未熟なうちにそれをするのは、回廊を降りずに螺旋の中心に飛び降りるようなものです」
「どうなるのですか?」
 マイクロトフは尋ねた。
「ひとが高いところから飛び降りて死ぬのと同じようなことになるのです。……ただ、この場合は、壊れるのは肉体でなくこころだというところが違っています」
 女は肩を竦めた。
「使えない剣を握ってはならないということですわ」
「それは分かりやすい……」
 カミューは微笑しながら自分の左手を眺める。
「まずは左手に?」
「ええ。魔力が強くなれば右手にも宿せるようになります。その前に弱い紋章を用いて、ご自分の属性を判断しなければいけません。属性の合わない紋章をつけると、心も身体も弱ってしまいますから」
「紋章とはそんなに複雑なものなのですか?」
 いささかうんざりした気分でマイクロトフが問うと、女は微笑んだ。
「それを複雑にしないためにわたくしたちがおりますのよ」
 紋章師の自信を滲ませた声だった。それは剣を充分に使える男の抱く自信と同じものであることに気づく。女の美しさに先ず目を奪われた自分を、マイクロトフは恥じた。

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