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ルビジウム(2001年1月)

04 29 *2009 | Category 二次::幻水2青赤

2001年の新年更新用に、幾つか書いたテキストの内の一つ。

続き





 カミューは、部屋の窓から城の外を見おろし、まだ補修の済まない古い城の外壁や、荒れた庭を見渡した。同盟の兵は急激に増えたため、兵舎の建設が間に合わない状態にある。城の外庭にも中庭にも、仮設の天幕が貼られ、天幕の中で眠る兵士たちを襲う寒気を和らげるため、そこここに大がかりな焚火が据えられている。この兵士たちの中には、自分のマチルダにおいての部下たちの姿もあるはずだった。
 母国の堅固な城を後にして同盟の与するようなものは、皆血気盛んで志を抱く若い騎士ばかりだった。夕刻、騎士団長であった二人、カミューとマイクロトフは、彼らを気遣って様子を見に行ったが、粗末な天幕に不満を漏らす者とてなく、彼らはマチルダで作った厚い外套に身を包み、振る舞われた酒や肉を手にして、笑顔で火を囲んでいた。
 今カミューのいる場所からは、闇の中で篝火に照らされる兵士たちの表情を見て取ることは出来ないが、おそらく皆、ある程度は晴れ晴れと過ごしていることだろう。今夜は特別だ。夜半を過ぎても城の内外から、笑い声や歌声、楽師の奏でる音楽が聞えてくる。時折祝砲を打ち鳴らす者もいた。彼らは今夜、この城で新年を迎えたのだ。凍り付くような夜が更け、新年を迎えてからもう一時間余りもたったが、城の中は静まる様子がなかった。
 皇国に反旗を翻した興奮、自分たちは保身を捨てて剣を取ったのだという自負、そして戦局も決して絶望的ではない。ハイランドと対等に戦えるとまで楽天的な考えを持っている者は少ないはずだが、切り抜けられるのではないかという希望が、古い城の中を華やがせている。紙の皿に食物を盛り、木製のワゴンに乗せて運んでくる女たちが中庭に出た。ワゴンの隅に備え付けたランプが小さな黄色い月のように中庭を横切ってゆく。あたたかな食物を歓迎する男たちの声があがり、女たちの周りに人が集まってゆく。
「────まさかノースウィンドで新年を迎えることになるとはな」
 カミューはつぶやいた。彼はマイクロトフ共々、一人きりで使う小部屋を与えられて、城の中で過ごしていた。暖炉に火を入れ、食堂で振る舞われた新年の料理を部屋に持ち込んだ。酒も何本か手元にある。マチルダで騎士団長であった為、他の騎士たちよりも優遇されることを、マイクロトフは最初歓迎しなかったようだが、同盟のリーダーである少年は首を横に振った。
(「あなた方には、同盟でも相応の地位を担っていただかなければなりません。全員が完全に対等な軍隊は、戦いに勝てるでしょうか?」)
 少年は抑揚のない声で云った。それはどこか、この同盟の軍師を務める男の口調に似て思えた。
 しかし少年は、その言葉のあと、かすかに微笑した。東方の血を引いた寂しい黒い瞳を和ませてマイクロトフを見上げた。
(「僕だって、城の最上階に自分の部屋があるのは、抵抗があるんです」)
 彼は声を低めてひっそりとささやいた。
 マイクロトフは不思議に、それで毒気を抜かれてしまったようだった。彼はそれ以上反発することもなく、黙って引き下がった。後でカミューに、おれはどうもナナオ殿に弱い、と苦笑するようにうち明けた。
 彼らは小さな部屋とはいえ、この古めかしい城の中では贅沢な調度の揃った部屋に暮らすことになった。新年の晩、戦いの支度は怠らずとはいうものの、兵士たちには一日の完全な休暇が与えられ、騎馬大隊の隊長である二人もその例外ではなかった。新年を一緒に過ごそう、と云いだしたのは意外にもマイクロトフが先だった。
(「先約がなければだが────」)
 地元の城にいた時と違って、このノースウィンド城の周りには、気晴らしで出かけるような場所もそうそうはない。近くの街まで出れば別だが、新年とはいえ緊迫した状況のなかで、そんなゆとりはなかった。あと数年すれば、一度滅びたこの城の周りにも城下町が蘇り、城そのものも賑やかさを取り戻すだろう。しかしこの城は、今は近くの街からも遠く隔てられて、荒野の中に孤独に立つ、ぼろぼろの古い城だ。城下町跡は焼け跡を完全に復旧することも出来ず、魔物に焼かれた後をとどめている。
 商人たちが食料品や衣服を積んで訪れた馬車が何台も城の周りを囲み、小さなランプで幾つも飾り立てられている。そこここで燃えるその灯や、庭で焚かれる火、そして兵士たちの意気が、ここをかろうじて城らしく見せていた。
(「先約も何も……」)
 カミューは笑った。
(「あと何分か遅ければ、わたしの方からお前に声をかけるところだった。新年に一人で酒を飲むのは、何とも味気ない」)
(「ああ……」)
 ほっとしたようにマイクロトフは頷いた。しかし、カミューの部屋にやってきたマイクロトフは、酒にも料理にも殆ど手をつけず、暖炉の側の肘掛け椅子に埋まって、殆ど口をきかなかった。彼が想いに沈んでいるのが分かる。
 カミューは彼に声をかけずに、やはり黙って酒を飲んでいた。マチルダを出て以来、マイクロトフの中に強い葛藤があるのをカミューは悟っている。しかし、憂鬱な面持ちで沈み込んでいたとしても、カミューにとって、新年を共に過ごす相手としてマイクロトフは最も好ましいのだ。自分も彼にとってそうであるからこそ、マイクロトフからも今夜の誘いがあったのだろう。
「マチルダ以外で新年を迎えるのは初めてだ」
 マイクロトフが、一人ごちたカミューの言葉に応えるようにつぶやいた。
「寒いとはいっても、マチルダほどではないな」
 そう続けた。立ち上がって、窓際に立つカミューの隣に並んだ。
「……さっき何を考えていた?」
 暫く言葉がとぎれた後、カミューはマイクロトフを振返った。
「ああ、ミューズのことをな」
 躊躇うかと思ったが、マイクロトフはあっさりと答えた。しかし表情はやや険しくなり、暗い印象のある瞳が更に蔭って沈み込んだ。
「ミューズの?」
「ああ、ミューズの市庁舎の上に見たもののことを考えていた。────」
「市庁舎の上に浮かんだ巨きな影のことだな」
「同盟に来てから、紋章師に聞いたが、あの獣の形の影は、どうやら紋章の力と同じものらしいんだ。ハイランド皇室の用いてきた特殊な紋章が、過大な魔力を注がれたことによって膨張した結果、ああいったものになったのだと、聞かされた」
「……ああ」
 カミューは肯いた。ミューズの上空を、銀色の乱層雲のように光りながら覆い隠した、巨大な獣の貌。それをカミューは自分の目で見たわけではなかったが、想像することは出来た。グラスランドで、そういった不可解なものを何度か見たことがあった。それは人間の作り出すものとは到底信じがたいようなものだった。しかし紋章そのものの魔力は大変なものだが、それを使うのはあくまで人間だ。人間がその力を貸さなければ紋章が暴走することはあり得ない。
「おれは、自分の目であれを見た。異様な光景だった。太陽が隠れて、ミューズ全体が薄暗くなっていた────」
 マイクロトフは考え込むような表情を見せた。
「あれをおれが直接に見たのは、おれが自分の目で全てを確かめようとしたからだが、しかしあれを部下に頼んでいればどうだっただろう? おれには、事の重大さが飲み込めただろうか? ゴルドーのように……」
 マイクロトフは、ゴルドーの名を呼ぶとき、そこに敬称をつけないことをいささか抵抗があるように眉をひそめた。
「事態を飲み込めず、部下の見たものを笑い飛ばさなかったと云えるだろうか、と、そんなことを考えていたのさ」
「お前はきっと何らかの方法でもう一度確かめる」
 カミューは、新しい酒の瓶の封を切り、マイクロトフに注いでやる。
「部下の見たものを信じられなければ、今度はやはり自分の足を運んだんじゃないか? 真実に辿り着くことを最優先にするなら、いずれはこうなったはずだ」
「騎士として生きることだけを子供の頃から思い詰めていたからな」
 マイクロトフは少し笑う。
「ロックアックスを飛び出す勇気がよく湧いたものだと思う」
「騎士であることが目的だったのではあるまい?」
 カミューはグラスの縁を、マイクロトフのグラスの縁に触れ合わせる。
「騎士になることには先ず理由があったのだろう? それが余所に移ることもあり得ないことではないさ。少なくともわたしはそうだ。騎士であることそのものに意味が凝り固まった時、ゴルドーのようなことになるのだろう」
 ゴルドー、とただ呼び捨てることに、自分も又抵抗を感じることに気づいて、カミューは可笑しくなる。これが刷り込みというものなのだろう。
「そうか────」
 マイクロトフはふと、口元をかすかに綻ばせた。
「何だ?」
「お前もそう思ったからエンブレムを捨てたのだな」
 マイクロトフがそれに救いを見いだしたことを知りながら、カミューはすぐにそれを肯定することはせずに考え込んだ。少し甘過ぎる酒の味を舌の上で転がしながら、マイクロトフのこの質問をつきつめることに意味があるだろうか、と考えてみる。
「────いや」
 結局彼は、本心に近い言葉で切り返したいという欲求に勝てなかった。カミューは、状況に添って、自分の意志を隠すことはさほど苦手なわけではなかった。しかし彼のやや放埒な気質にとっては窮屈なマチルダを出て、騎士団長という立場を返上したこと、そして新年という舞台や、友人と二人きりで飲む酒が、彼に奇妙な開放感を与えていた。
「わたしがエンブレムを捨てた理由はそれだけとは云えないな」
「……?」
 光量の強いランプに照らされたマイクロトフの目が、訝しげに瞬いた。
「お前に見捨てられるようなマチルダ騎士団には、魅力を感じないというのは、わたしがマチルダを出た理由のひとつだ」
 カミューは、ぎょっとしたような顔になったマイクロトフを見て笑う。
「お前を、船を捨てる鼠に例えては申し訳ないが、お前のような男が出ていってしまうなら、あの騎士団の船底もそう長くは保つまい?」
「カミュー」
 とがめるようにマイクロトフは囁いた。
 彼を困らせることをどこか快く想いながらカミューは言葉を継いだ。
「いや、もっと正直に言えば、お前と離れたくなかったのかもしれないな。お前がいない城で、あのゴルドー様と一緒に取り残されるのはぞっとしない────」
「カミュー!」
 マイクロトフの声には困惑と怒りが混じっている。カミューは肩をすくめた。酒に紛らわせるような云い方をしてはいるが、実のところ、そこには多分に本心が含まれている。しかし大義名分で行ったことを、個人的な感情に引き下げることをこの男は好まないのだろう。そう思って口をつぐむ。
 窓の外で、不意に爆音のようなものが聞えた。二人は弾かれたように顔をあげ、窓の外に目を遣った。夜空に白い燐光のようなものが尾を引いたそれは、城の上空に達した時、火薬の匂いと共に、真っ赤な花弁のように四散した。二人は呆気に取られてそれを見守った。続いて、二回、三回と爆音が鳴り響き、極彩色の火花が次々に打ち上げられた。
「ファイアワークだな」
 マイクロトフがつぶやく。マチルダでは花火の技術がない。城の上空に打ち上げられたそれは、彼らの初めて目にするものだった。こじれかけた会話を中断したまま、二人は窓の外を眺めた。兵士たちの歓声が聞える。発色剤を混ぜた黒色火薬は、破れかぶれの勇気をかき集めてそこに集った兵士たちを祝福するように、夜空で勇壮に破裂し、赤に、金に、みどりいろに燃えさかった。
 それは、彼らの上に重くのしかかる、紅紫色の炎をあげて燃える、白銀の獣のイメージを拭い去り、あたたかな自由の火花で夜を埋め尽くすように思えた。
「カミュー」
 マイクロトフが不意にはっきりとした声でカミューを呼んだ。
「……何だ?」
 花火に目を奪われていたカミューは彼を振返る。そこには、どこか挑戦的な光を灯した友人の目がカミューを見つめ返している。
 その表情の意味が分からないでいるカミューの視界に、不意に閉ざされた友人の目が近づいてくるのが映った。
 マイクロトフ、と呼びかけようとした唇に触れたものが、声を切り取ってしまう。乱暴なことをされたわけでもないのにカミューは動けず、自分の唇を柔らかくふさぐものに身を任せて、茫然と立ちすくんだ。
「マチルダを出なければ一生云わないつもりだった」
 唇を離し、目を開けたマイクロトフがささやく。
「カミュー、ひとつ忠告したい。マチルダを飛び出した時と同様、おれは一触即発だ。おれをあまり煽るようなことを云わない方がいい」
 カミューは、口づけに濡れた唇を拭うことも忘れて、放心するような思いでその言葉を聞いた。マイクロトフが何を云おうとしているのかは分かったが、それは余りに思いも寄らないもので、自分が誤解しているのではないかと思った。
 しかし、唇の感触と自分を凝視するマイクロトフの黒い瞳に出会って、彼はそうも悠長に構えてはいられなくなった。
「……心がけよう」
 この友人に、こんな思いをさせられたことは今まで一度もない。動揺に胸を高鳴らせながらようやくそう答えると、マイクロトフは彼から身体を引き離し、肯いた。予想外の告白にすっかり酔いの醒めたカミューの隣で、まるで確信犯の様相のマイクロトフは、目を背けて窓の外を眺める。雄弁な無言が彼らの間に横たわる。
 自分の背中を強張らせた気まずい緊張感の中に、幾ばくかの甘さが入り交じっているのを、しかしカミューは認めないわけにはいかなかった。酒は益々甘く彼の舌の上に残る。
 新年の熱気はいまださめやらず、気の早い夜明けのように、空をかすかに紅く染めた。

                                   

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